ハロー、愛しのインスタントヒーロー
意地を張って俯き続けていたら、絢斗が立ち上がる気配がした。一歩、二歩と距離を詰めて、それから私の顔を覗き込んでくる。
「どこにも行かない。だって、僕、奈々ちゃんに会いたくて帰ってきたんだ。奈々ちゃんのそばに、一番近くにいたかった」
嘘つき。全然説得力ないよ。もっと早く帰ってきてよ。
そう思うのに、じわじわ涙が溢れてくる。止められない。
でも私は、その言葉をずっと待っていた。どこにも行かないよって、あの時、私は絢斗に言って欲しかった。
遅いよ。待ちくたびれたよ。もう見限りそうだったよ。
絢斗が自身の右手を持ち上げる。その指先で、私の涙を拭おうとした時だった。
「――浮気は良くないね、奈々」
かん、かん、と足音が階段をのぼってくる。規則正しいリズムに、ひゅ、と喉が締まった。
「彼氏がいるのに、他の男と逢瀬、ですか」
後ろから腕を強く引かれ、その胸板に背中がぶつかる。間違いない。たったさっき別れたはずの日比野くんだ。
一体なぜ彼が引き返してきたのかは分からないけれど、もう彼氏のふりをしなくてもいいということを伝えなくては。
そう思い、振り返るより先に、日比野くんの手が私の頬を掴む。
強引に顔の向きを変えられ――彼の唇が、そのまま重なった。