ハロー、愛しのインスタントヒーロー
結局、男はカップ麵を食べてからも一時間ほど居座った。この時間は面白いテレビ番組もやっていない、だの、寝すぎて一日の半分を損した気分だ、だの、文句ばかり言っていた。
いい加減に帰って欲しくて催促すると、ようやく靴を履いてくれたので、嬉々として玄関まで見送ってやる。
「じゃ、またな」
また、は絶対にないけれど、曖昧に濁して手を振った。
男がいなくなってから一分待って、玄関のドアを開ける。誰の姿も見当たらない。ほっとした。
初春の風は少し冷たいけれど、長い冬が終わったのだと思うと安心する。外に出て新鮮な空気を肺に取り込めば、むかむかしたものが落ち着いた。
簡素なアパートの二階。周りの景色を別段意味もなく見下ろす。
そろそろ中に入ろう、と思った矢先、すぐ近くの道路沿いに引っ越しのトラックが停まっているのを見つけた。
このアパートに新しい人がやってくるのだろうか。
しばらくそのトラックに視線を固定していると、業者は向かいの一軒家に荷物を運んでいく。恐らく家主であろう男性が出てきて、それに続いて出てきたのが、妻であろう女性。
――その女性を見た瞬間、まさか、と息を呑んだ。