禁忌は解禁された
無抵抗な道加を、ただひたすら井田は殴り付けていた。
井田はまるでロボットのように、手を振り上げては下ろし、振り上げては下ろしを繰り返す。

井田の頭の中には、自分の目の前で大切な一颯が、道加に無抵抗に痛めつけられている光景だけがこびりついていた。

自分が目の前にいて助けることもできず、ただ見てるだけしかできなかった。
一颯はただ、道加の言葉と暴力を受け入れていた。

井田にとっては心を抉られる痛みでいっぱいで、道加を許すことなんかできない。


『なんで、姫を傷つけることすんの?』
『ねぇ、なんで?』
『姫が何したっつうの?』
『ただ、元弟を好きなっただけじゃん!
お前にはわかんねぇだろうが、二人は昔から姉弟でいたことなんて、一度もないんだよ!!?』
『俺、約束したんだよ。
もう二度と、姫を傷つけないって!』
『なのに、お前ごときになんで……姫が傷つけられるんだよ!?』

とっくに意識もなくなり、顔も原型もない程にぼろぼろなのに井田は止まらなかった。



━━━━━━━一颯は、泣いていた。

「…………井田さんに何があっても手を出すなって言われてたから、俺達は一切手を出さず見てた。
井田さんはただひたすら多山を殴り付けて、そのまま死んだ。
それで俺達で、死体を埋めた。
多山は失踪者扱いになると思う。
これが、神龍組の姫を傷つけた奴の末路だよ」

覚悟はしていた。
でもやはり耳を塞ぎたくなるような事実だった。

「真紘くん、どうして?」
「え?」
「道加さんは、ただ…私に嫉妬してぶつかってきただけだよ」
「はい」
「ここの傷も、爪が当たっただけだよ」
一颯が、自分の頬に触れながら言った。

「姫は、何もわかってない」

「え?」
「姫がいる世界はただ爪が当たっただけとか、嫉妬しただけとかでは済まされない。
我々には、メンツがある。
貴女は神龍組の姫で、神龍組・組長の妻です。
姫を傷つける行為は、全て、神龍組への反撃と見なされるんです」

「姫」
「え?」
「そして井田は姫の護衛です。
本来なら、井田もそれ相応の落とし前をつけなければならない」
銀二が、一颯に言い放つ。

「え……」
「ただ、姫のお父様と組長が貴女を傷つけるから必要ないと決めた為、行われてないだけです。
姫が受け入れると言うなら、井田には落とし前つけさせますが?」

「な、何をするの…?」

「小指…落としてもらいます」

「え……だ、ダメ!!そんなこと、やめて!!」

「はい、わかってます。
しかしこれが━━━━━━」


極道の世界なのだ。

一颯がただ、みんなに大切に守られて“何も一つ”知らなかっただけ。
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