臆病な私に,君の溺愛は甘過ぎる。
「ふぅぅ……」



カチャリと音を立てて私は浴室からでる。

背後では,白い湯気が上がっていた。

私は髪の毛から水が滴るのを感じながら,何となくお気に入りの曲を口ずさむ。

と,ふいに聞きたくなった。

慣れた動きで,流れるように視線を洗面台に移す。




「ん? あれ,ない……」



いつもの場所に,目的のもがない。

ふと思い出せば,澪を見送って,鞄ごとリビングに置いてきたのだった。

…どうしようか。

私は本気で悩む。

どうするもこうするもない。

ただ着替えて,リビングで聞けばいいだけ。

でも……



「なんだかな~…」



いつもしていることをしないと言うのは,なんと言うか,むずむずする。

顔をしかめた私は,カッと鍵を開けて,廊下に顔をだした。

今この家の中に,人の気配はない。

よし。大丈夫…。

私の頭の中で

『リビング迄×2+スマホの確保=0<15秒』

なんて式が組み上がり,私を止めるものは何もなく,私はおもむろに足を踏み出した。

……この瞬間を後悔する時が来るなんて,いざ知らず。

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