いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 泰章は軽く腕を組んで片手を顎へ持っていくと、ふむっと考え込む。なにか思いついたのか、立てた人差し指を史織の目の前に持ってきた。

「わかりました。それでは、私も素でお話ししますので、中山さんも素のままでお話ししてくださいますか」

「素……ですか。はい」

 と言われても、やはり戸惑うものは戸惑う。素だとしても、泰章のような品行方正のお手本のような人では、それほど変わらないだろう。

 泰章はにこっと笑みを作ると、身体を倒して史織に顔を近づけた。

「史織さん、予定ある? 俺と一緒にご飯食べないか?」

「……は?」

(――軽っ!!)

 軽薄な話しかたではない。むしろ普通だ。しかし、今までが今までなだけに、「史織さん」呼びや「俺」の一人称に、わたあめ並みの軽さを感じてしまう。

(素? 素なの? これ、素!? 素ぅ?????)

 史織の頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。店では上品な立ち居振る舞いと雰囲気から「王子」とまであだ名される彼が、その皮を脱いでしまった。

 それでも、〝普通〟っぽくはない。やはりもともとオーラのある人なので、迫力というか、力強い男性っぽさを感じる。

(こういうのも……素敵だなぁ……)

 と、見惚れそうになってしまうも、史織はぶんぶんと頭を左右に振り、思考を落ち着かせようとする。

 泰章は史織に緊張させないため、きっと無理をしているのだ。無理をして、いつもの自分とは違う話しかたをしているのだ。そうに違いない。

「あのっ、烏丸様、わかりました、普通にしますので、そんなに無理されないでくださいっ」

「無理?」

「話しかたとかいろいろ、ごめんなさい、烏丸様のような方にそんなご無理をさせてしまって」

「俺って……史織さんから見て、どういう男に映っているんだ?」

「どういうって……品行方正で真面目で妹さん想いでおだやかで……」

 史織は泰章から感じとっている印象を指折り数えつつ挙げていく。素敵だなと感じた言動をひとつひとつ言っていきたいくらいだ。

 そんな史織の言葉を泰章はうんうんと頷きながら聞いていたが、軽く片方の眉を上げて疑問を口にした。

「妹想い……は置いといて、仕事に真面目な自覚はあるけど……品行方正……はどうかな。品行方正な男は、気に入って目をつけていた女の子を、帰り道で待ち伏せして食事に誘うものなんだろうか」
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