いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「さほど気にしていないことだった。会社も順調だし、失踪した父が見つからないのからそのままでいいとさえ思っていたんだ。しかし見つかった後で、疑問が湧いた。……なぜ、史織の母親は見つからないのだろう。警戒して暮らしているとしても、捜されているのは知らないはずだ」

 言われてみれば確かにそうだ。個人的な組織を使っているのか警察に頼んでいたのかは知らないが、母が見つからなかったのは不思議だと思う。

 最初に泰章が言っていたが、本当に史織の職場に会いに来ていても不思議ではなかった。しかし、母からはなんの音沙汰もなかったのだ。

 まるで、捜されているのを知っていて身を隠しているように……。

「もし、捜されているのを知っていたら。知っていて、あえて身を隠しているとしたら。そう考えると、なぜ知っているのか疑問になる。けれど、こちらの動きを教えることができる人間がいれば、それが可能だ」

「教える……?」

「こちらの動きを教え、身を隠すのを手伝い、捜索を鈍らせて見つからないよう操作する。それができる人物が、ひとりだけいる」

 泰章が顔を向ける。同じ方向を見やった史織は、まさかの気持ちで目を見開いた。

「――福田先生だ」

 ……まさか。

 福田が、この失踪騒ぎを操作していたというのか。

「福田先生にならできる。いや、先生にしかできない。先生は……烏丸家の顧問弁護士だ。ご本人も言っていた『烏丸家の当主のお力になることが私の役目ですから』と。今は俺だが……失踪事件当時の当主は……俺ではない」

 福田は微笑み、こくりと頷いて史織の前に立つ。深々と頭を下げた。

「奥様のお母様にご協力いただきました。その後も連絡を取っております。黙っていて、申し訳ございません」

「福田先生が手引きをした可能性に気付いて、すぐに話をした。先生は、すぐに認めてくれたよ」

「烏丸家のご当主には逆らえません。今のご当主は社長です。社長は頭のよい方だ、そのうち……期限がくるまでに気付かれるのではと思っておりました」

 なぜか、期限、という言葉が気になった。福田は頭を上げると、スーツの内ポケットから白い封筒を取り出した。

「奥様のお母様からお預かりしていた、奥様宛のお手紙です」

「母から?」

「期限がきたら渡してくれと言われていました。期限前ですが、お渡しいたします」

 白い封筒を受け取る。表には〝史織へ〟と母の字で書かれていた。

 久しぶりに感じる母の痕跡。字を見ただけで涙が浮かんでくる。

「奥様のお母様は、他県の病院で末期癌の緩和ケアを受けていらっしゃいます」
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