いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 福田の言葉で涙が止まった。一緒に呼吸も止まりそうだった。

「奥様には、病気をずっと隠していらっしゃったそうです。隠しきれなくなった時、フェイクの役をお引き受けくださいました。奥様の前から姿を消して、最期を迎えた時にこの手紙を渡してくれと頼まれたのです」

「どうして……そんな、隠さなくても!」

 手紙を握りしめ、史織は福田に詰め寄る。泰章に肩を抱かれ離れると、一歩下がって福田の話を聞いた。

「奥様に、ご迷惑をかけたくない、ずっと母子家庭で寂しい思いをさせてきたのに、母親の看病で苦労させたくないとおっしゃっていました。そのお気持ちはすべて、お手紙に書いてあると伺っております」

「寂しいなんて……苦労って……そんな……」

 言葉にならない。寂しいなんて思ったことはない。父親はいなくても、母がいれば十分だった。かえって史織の方が、自分のために苦労させて申し訳ないとずっと思っていたというのに。

「本命の女性は、奥様のお母様と仲がよい方でした。相談を受けられていたのでしょう。お母さまは、自分にフェイクの役をやらせてくれと申し出られたのです。条件は、ご自分が最期を迎えた時の後始末でした。その中に、奥様へ手紙をお渡しすることも含まれていました」

 史織は母の手紙を握りしめる。早く中が見たいけれど、見るのが怖い気持ちもある。自分が知らなかった真実が、ここに詰まっているのだろう。

「うまくいけば、そのまま、すべてが終わった後でお手紙をお渡ししたでしょう。私の力及ばず、社長が新たに手配した調査網に先代が引っかかってしまった。そこから、いろいろと予定が変わってしまいました。……社長から、奥様を妻にしたいからとご相談を受けた時は、この偶然をどうしたものかと私も頭を悩ませましたが……。社長は頭のよい方だ。あっという間に私の悪行を見破ってしまわれた」

 福田が話をしているあいだに、史織は覚悟を決めて手紙を開き、母の字を眺めた。

 そこには、福田が話してくれた通りのことが書かれている。失踪に手を貸そうと思った経緯、自分の病気がもう末期である事実。

 突然姿を消さなくてはならなかった謝罪と、史織には迷惑をかけたくないという母の気持ち。

 母親らしいことはできなかったけれど、どれだけ史織を愛しく思っていて、どんなに仕事がつらかったりいやだったりしても史織を思えば頑張れた気持ち。

 史織が、なによりも大切な宝物だったこと……。
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