いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「……おかぁさ……」

 手紙を持つ手が震える。涙がにじんで、文字が見えない。

 それでも、最後の一行が史織の目にはっきりと映る。

【幸せになってね。史織】

 涙が止まらなかった。

 いつの間にか福田の懺悔は終わり、史織は泰章に抱きしめられ彼の胸で泣いていた。



 福田が帰り、薫も自室に戻って、泰章と史織も部屋へ移動し、やっと気持ちが落ち着いてきた。

「すみません……ご迷惑をおかけして……」

 ソファに座っていた史織は、泰章からティーカップを受け取る。彼が運んできてくれたのだ。なにかと思えばレモネードだった。

「いい匂い……。泰章さんが作ったんですか?」

「そう、すごいだろう」

 自慢げに言いながら隣に座る。おどけて言っているようで本気ともとれる。史織はクスリと笑ってしまった。

「まあ、スティックタイプの溶かすやつだけど」

「種明かしが早いですよ」

 ひと口啜って、ハアッと息を吐く。

「美味しい」

「そうか? お湯で溶かしただけだけど」

「それでも美味しいです。泰章さんが作ってくれたんだって思うだけで最高。今まで飲んだ中で一番です」

「そういえば俺も、史織が店で作ってくれたレモネードが一番うまいって思っていたな」

「お湯で溶かしただけですよ?」

 似た言葉でやり返して、ふたりで笑い合う。

 ――幸せだ……。

 こんなおだやかな気持ち、久しぶりではないか。

「泰章さん、ありがとうございました……」

 レモネードを口に含み、爽やかさと甘さに癒され、史織は心落ち着けて言葉を出す。

「短い間でしたけど……わたし、ここで暮らしたこと、忘れません。いろんなことあったけど、泰章さんと暮らせて……嬉しかった」

「史織?」

「わたし、明日からでも荷物をまとめますね。次のお休みには出ていけるように準備をします」

 史織は頑張って笑う。少しでもしんみりとしたら、泣いてしまいそうな気がする。

 本当はこんなこと言いたくはない。でも、そういうわけにはいかない。

 レモネードを口にして、口の中に溜まった言葉を呑み込み、史織は息を吐いて上を向いたり横を向いたり。そうして眼球を動かしていないと涙がこぼれてしまいそうなのだ。

「史織が言いたいのは、それだけか?」
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