いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 泰章が指差したものは、プリンセスラインのウエディングドレス。ウエストの大きなリボンやスカートに幾重にも重ねられたレースがまるで羽のようでかわいらしい。それでいてシャンタン生地の光沢が豪華さを添えてくれている。

「本当、かわいい。これがいいです」

「ん? すぐ決めなくても、もう少し選んでもいいんだぞ。史織の好きなやつを……」

「泰章さんが選んでくれたんですから。わたしもこれが好きです」

 泰章が史織の頭を抱き寄せる。くすぐったそうに笑ってから、史織は小さく呟いた。

「お母さん、綺麗って思ってくれるかな……」

「大丈夫だよ」

 母の病気を知ってから、史織は週に一度、母に会いに行っている。緩和ケアの段階は進んでいたものの、まだ史織を認識できるし車椅子でなら移動が可能だ。

 泰章の提案で、ふたりは病院近くの教会で小さな結婚式を挙げることにした。参列するのは、史織の母である。

 娘の花嫁姿を見せてあげたい。彼が、そう言ってくれた。

「泰章さん」

「ん?」

「わたしね……幸せです」

 頭を抱き寄せている手が髪を撫でる。彼に顔を向けると、自然と唇が重なった。

「悪いけど、俺の方が幸せだ」

「わたしですっ」

「俺だよ」

「わたしっ」

 ふたりで意地を張り合い、顔を見合わせて笑いだす。楽しそうな声に惹かれたのか、薫がひょこっとリビングを覗き込んだ。

「……いいなぁ……楽しそう……」

「あっ、薫さん、ケーキありますよ」

 史織が指をさしたローテーブルの上には、一番大きなケーキボックスがのっている。昼に史織の職場を訪れた泰章が買っていったものだ。

 いそいそと薫が入ってくると、入れ替わりに史織が立ち上がる。

「お茶淹れてきますね」

「レモネード?」

「もちろん」

 泰章の言葉に合わせて笑顔で答える。

 ふたりを結びつけた思い出のレモネードは、今のふたりのように、きっととびきり甘く感じるだろう。



       END



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