いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 堅苦しい店じゃないからと言われて連れていかれた店は、外見も店内もシックでモダンな造りの会員制イタリアンレストランだった。

 おまけに全席個室の完全予約制。もしやテーブルマナーなるものを求められるのではと焦ったが、フォークとスプーン、あとは手があれば気軽に食べられるメニューばかりをチョイスしてくれていた。

 堅苦しくないというのは、どうやらマナー必須の食事ではない、という意味だったらしい。

『気軽に食べられるものばかりだから、他に食べたいものがあったら言って』

 泰章は気楽に言うが、チラリと見たメニュー表には知らない食材の名前が並び、暗号のような料理名には価格表示がない。

 とてもではないが、恐ろしくて口出しなどできるものか……。

 ふたりで使うとは思えないほど大きなテーブルに所狭しと並べられる皿には、見知ったピザやパスタだろうと見当のつく料理もあったが、あまり見たことのない貝がスープに浸されていたり、巨大なエビが焼かれていたり、世界三大珍味のキノコがふんだんに使われすぎて黒っぽくなったサラダが大きな顔をして鎮座していたり……。

 どれもこれも美味しかったのはわかるのに、動揺しすぎてどんな味だったのかを思いだせないこのもったいなさ。

 ハイクオリティな室内に上質なイタリアン。果たして自分はこの場にいてもいいのかという恐怖さえ感じた。

 その気おくれしてしまう部分を泰章が巧みな話術でカバーしてくれていた気がする。楽しい会話で史織の気持ちをほぐし、料理を進めて、終始気遣ってくれていた。

 申し訳ないとは思いつつ、嬉しかったし、ありがたかった。

 そして、レストランでのスマートな立ち居振る舞いが、いつも以上に彼を上等な紳士に見せていたのだ。

(やっぱり烏丸さんって、育ちのいい人なんだろうな……)

 改めてそれを感じずにはいられない。店で接客している時は、お客様のことをあれこれ聞くのは失礼だと思ってなにも聞いたことはなかったが、今回は〝ただのナンパ〟だったらしい。それなら、彼のことを質問しても許されたかもしれないのに。

 どんな仕事をしているのかとか、よく話に出てくる妹さんのこととか、どうして、お店に来るのが必ず火曜日なのか、とか……。

 彼の話は楽しかったけれど、そのあたりには触れていなかった。もしかしたら少し触れていたのかもしれないけれど緊張しすぎで頭が回っていなかった自覚があるので、聞き逃している可能性は大である。
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