いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 こんなに戸惑ってしまうなら、調子にのって聞くべきじゃなかった。

「わたしも……楽しいから……」

 慎重に言葉を出しながら、史織は助手席のシートベルトを外す。すると泰章に顔を覗き込まれ、驚いてベルトを掴んでいた手が離れた。

「そんなに驚かないでくれ」

 ちょっと困ったような笑みを作り、泰章は刹那言葉を迷いまぶたをゆるめる。運転席に背中を戻し、ハンドルに指をかけて感慨深げに言葉を紡ぐ。

「やっと面倒な問題が片付きそうでね。そうしたら、改めて史織さんに話したいことがある」

 ドキリと鼓動が高鳴り、ときめきにも似た反応に焦燥感が大きくなる。いつも静かだなと感じるエンジン音が今夜は随分大きく聞こえ、それ以上に自分の心音が大きくて、泰章に聞こえているのではないかと恥ずかしくなった。

「そ……それじゃぁ……わたし、これで……」

 聞こえるはずはないとわかっていても、なんとなく落ち着かない。史織がドアに手をかけるより早く運転席を出た泰章が、助手席のドアを開けてくれた。

「ありがとう……ございます」

 手を取られて車を降りる。――次の瞬間、軽く抱擁され……すぐに放された。

「楽しかった。ありがとう、史織さん」

「いいえ、……わたしの方こそ……」

 ひとり慌てる史織を置いて、泰章は車に乗り込む。彼の車を見送るあいだ、胸の鼓動が身体から飛び出て走り去った車を追いかけていきそうに思えた。

 胸で両手を握りしめる。軽く抱擁されただけなのに、全身が熱かった。

 改めて話したいこととはなんだろう。あの抱擁には、なんの意味があったのだろう。

 ――自惚れても……いいのだろうか。

 高鳴る鼓動が感情を解放していく。ゆっくり、ゆっくり。

(わたし……)

 泰章が好きなのだと自分に認めることを許してあげた瞬間、涙が出た。



 泰章と会った翌日の水曜日からは、一週間がとても長く感じる。次に彼に会える日が待ち遠しすぎるからだ。

 次に会った時、なにかが変わるような気がしてならない。

「おやぁ、今日は元気ないなぁ」

 背中を軽く叩かれ「ひゃっ」っと声が出てしまった。我ながらこんなに驚かなくてもという想いで余計に焦る。慌てて振り向くと、オーナーの入江純子( いりえじゅんこ)がちょっと苦笑いをして史織を見ていた。
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