いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 一度離したのぼりを再び掴み、史織は予想外の言葉にたじろぐ。まさか泰章の名前が出てくるなんて、これっぽっちも思ってはいなかった。

「最近、火曜日のご機嫌は水曜日にも引き継がれてるからね。それなのに今日は元気がないし、烏丸さん関係でなにかあったのかなと思って」

 水曜日も機嫌がいい……。自分ではいつも通りにしていたつもりなのに、はたから見ると火曜日並に機嫌がよく見えていたらしい。

(ということは、わたし、火曜日は特別機嫌がいいと思われてたの!?)

 ちょっとした衝撃だ。気付いてしまうと、とんでもなく恥ずかしい。火曜日に必ずあることといえば泰章の来店だし、自分でもウキウキしていたのは間違いではないのだが。

 史織は両手を前で合わせ、恐縮して口を開いた。

「……すみません、オーナー。仕事以外のことなのに……」

「別に仕事に支障があったわけじゃないんだから、そんなに小さくならなくていいよ。ちょっと元気がないな、と思っただけだから。むしろ、若い女の子に恋の悩みがない方がおかしいって」

「こっ恋って……」

「あれ? 違うの? てっきりもう、そうなってると思ってたんだけど」

 そうなっている……とはなんだろう。すでに泰章とそういう関係になっていると思われていたということなのだろうか。

「い、いいえ……あの、そんな、まだ……まだ、数回、仕事帰りにお会いしただけで……」

「会っただけ?」

「数回お食事を……」

「食事だけ?」

「す、少しドライブしたり……」

「うんうん」

「で、でも、それだけで……」

「そうかそうか」

「本当にですよっ」

「わかった、わかった」

「おっ、おーなぁーっ」

 信じてないのかからかっているだけか、あたふたする史織の言葉を純子は笑ってかわす。史織も動揺のあまり、うながされるままにあれこれ口に出してしまった。

 頬が熱くなってくるのがわかる。好きな人との仲を探られるというのは、なんて恥ずかしくてくすぐったいものなのだろう。

 さすがに困らせすぎたと思ったのか、純子が片手を顔の前で立てて「ごめんね」のポーズをとる。

「そんなに焦らなくていいよ。別に悪いことじゃない。女の子なら当然だから」

「でも、お客様なのに……」

「うちの店は、別にお客さんとの恋愛を禁止してるわけじゃない。うちの女の子たちは節度のある子たちだし、接客としての優しさに線引きができているから特に心配はしていないよ。史織ちゃんは、そんな中で惹かれあう人がお客様として現れたってだけでしょう」
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