いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「それは……」

 惹かれあうという言葉を使っていいのだろうか。史織は間違いなく泰章に惹かれている。泰章もそうなんだと……思っていいだろうか。

「烏丸さんは、初めてお店に来てくれた時から史織ちゃんが接客していたし、本人も来店した時に史織ちゃんがいないと帰ってしまうような人だったから、やっとって印象かなぁ。百戦錬磨ってイメージのイケメンなのに、史織ちゃんの様子を見ながらゆっくり時間をかけていたのかと思うと、なかなかに慎重派でさらに好印象だね。でもね……」

 純子の口調が戸惑い気味に変わる。恐縮して握りあわされた史織の手を取ると、少しかがんでシッカリと視線を合わせた。

「なにか困ったことが起きたら、相談してね。史織ちゃんはこういうことに疎いし、私が知っている限り……男性とおつきあいなんて、初めてだよね?」

 確かめるように言葉を区切りながら、純子が史織の顔を覗き込む。高校生になったばかりの頃からお世話になっているのだ。史織の交友関係はほぼ筒抜けである。

「おせっかいじゃなければ、だけどね」

 純子がひと言付け加える。プライベートに抵触しそうな話には必ずつけられる言葉だ。今まで、純子にはいろいろと世話になったし話も聞いてもらった。

 ――母親が、蒸発した時も、世話を焼いてくれた。

「おせっかいなんかじゃないですよ。ありがとうございます、オーナー。でも、本当になにかあったわけじゃなくて、……早く来週の火曜日がこないかな、って」

 はにかみつつ史織が笑顔で言うと、純子も笑顔で「よしっ」と再度手を握る。

「大丈夫だよ、史織ちゃん。今夜を含めてあと六回寝て起きれば火曜日だから」

 当然ではあるが、とても真面目な顔で言われたので史織はついぷっと噴き出してしまった。

「そうですね。ありがとうございます」

 史織に笑顔が戻ったことに満足したらしく、純子は店内に戻っていく。史織も戻ろうとしたが、ついでなのでもうひとつあるのぼり旗も点検していこうと方向を変えた。

 純子にああ言ってもらえるのはありがたい。同僚はみんな仲がよくても、泰章は店のお客様なので彼のことを相談するというのも気が引ける。

 とはいえ、泰章が史織贔屓で来店の際に必ず指名を入れてくるのは周知の事実なので、なんの違和感も持たれない可能性もある。

(オーナー、ホント、よく見ててくれる人だなぁ)
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