いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 もう、それしか出す言葉がない。それ以外、なにを言うことがあるだろう。

 どれだけの人に迷惑をかけたのか。泰章や薫の母、薫自身だって、どれだけ傷ついたか。

「申し訳ございません……。慰謝料で済むのでしたら、一生かかっても働いてお支払いします……」

「これは君の母親の罪であって、君に償う義務はないのでは?」

「はい、ですが……母は行方が知れませんし……」

「見つかれば、慰謝料だけで済まないかもしれない。社会的に抹殺されてしまうかもしれない。母親をそんな目に遭わせたくない、というところかな?」

「はい……」

 刹那、詰まっていた喉が呼吸をする隙間を開けてくれた気がする。史織の心を読むように、泰章が今の気持ちを察して口にしてくれたからだ。

 母の問題だ。史織が責を負うことはないのかもしれない。しかし問題が大きすぎる。ひとりでなんとかできることではないのだろうし、慰謝料だけで済むのかも不明だ。

 母だけに、そんなつらい思いはさせたくない……。

「親孝行だな。……そう言うのではと、思っていた」

 鼻の奥に軽く刺激が走り、涙腺がゆるまるのを感じる。

 ほんの少し、史織が知っている泰章が窺えた気がしたのだ。

「俺は先ほど、君の代でも支払いきれないレベルの慰謝料が科せられるかもしれないと言った。到底今の仕事だけでは間に合わない。どうする?」

「……これから考えます。他に仕事を増やして、なんとか……」

「君の母親の不祥事を帳消しにする方法がある」

「え!?」

 驚きの声をあげた瞬間、いきなり顎を掴まれ顔が上がる。泰章の顔が視界に入った時、いつも綺麗だと感じるその顔に狡猾さが宿った。

「――俺と、結婚してもらう」

 史織は大きく目を見開く。

「お兄様!?」

 何度も兄に注意を受け、落ち着こうとしたのか椅子に腰を下ろしていた薫が、驚きのあまり勢いよく立ち上がる。しかしいきなりのことに、それ以上言葉が出ない。

 史織も同じだ。とんでもない提案に言葉が出ない。

「会社を継いで三年目ともなると、いろいろと外野からの詮索も多くて煩わしい。それに、海外企業のパーティーに出席する際は正式なパートナーがいた方がなにかと都合もいい。結婚をシッカリと考えなくてはならない立場だが、あいにくそんなものに頭を働かせている暇がなくてね。妻を持てばそちらにも気を遣わなくてはならないと思ったら辟易する。そこで、だ。君に妻になってもらいたい」

「……どういう……ことですか?」
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