いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
(……泰章さん……)
史織の中で、彼女が知っている泰章が崩れていく……。
優しい言葉も、微笑みも。心の奥に隠していた恋心を裸にした、たった一瞬の、抱擁も……。
母がいなくなってから、とにかく生きるのに必死で自分を律して生きてきた。そんな中で泰章の存在は史織の女性としての感情に花を添えてくれる温かなものだったのだ。
だから……彼を好きだと、こんなにも好きになっているのだと自分で認めてあげられた時、涙が止まらなかった。なのに……。
すべて崩れ……そして、淡く温かかった想いは、――硬く、凍りついた。
視界がにじみそうになる。泣きたくなったが、史織はグッとこらえた。
「わかり……ました……」
ほんの少し、強引なまでに顎を掴んで離さない泰章の力がゆるんだ気がする。泣きそうになったことを悟って力を抜いたのかと都合よく考えそうになった思考を、史織は無理やり吹き飛ばす。
「あなたと……結婚します……」
そう言ったっきり、史織は唇を引き結び、血がにじんできそうなほどに奥歯を噛みしめて涙を隠した。
それからどうやって帰ってきたのかを、よく覚えてはいない。
泰章に『送る』と言われたのを突っぱねて、駅まで全速力で走ったのは覚えている。
なにも考えられなかった。なにも考えたくなかった。泰章に感じていたすべての感情を裏切られた気がして、惨めだった。
思考を動かせば余計なことを考えてしまう。それだから、なにも考えずにその日をやり過ごした。
いろいろとたくさん考えなくてはならないのに……考えられない。
母のことも、母の罪も……。
自分自身、これからしなければいけないこと。
泰章との……結婚……。
泰章と結婚だなんて、少し前の自分なら夢のようだと感じただろう。でも、今は……。
考えないようにしているのに身体はそれを気にしているらしく、眠れなかった上に目覚めも悪かった。
――いつもご機嫌と思われている火曜日に、我ながら最悪の顔で出勤してしまったように思う。
「おっ、本日の主役。おはようっ」
従業員用の通用口から入って、最初に声をかけてきたのはパティシエの國吉晋也である。
史織の中で、彼女が知っている泰章が崩れていく……。
優しい言葉も、微笑みも。心の奥に隠していた恋心を裸にした、たった一瞬の、抱擁も……。
母がいなくなってから、とにかく生きるのに必死で自分を律して生きてきた。そんな中で泰章の存在は史織の女性としての感情に花を添えてくれる温かなものだったのだ。
だから……彼を好きだと、こんなにも好きになっているのだと自分で認めてあげられた時、涙が止まらなかった。なのに……。
すべて崩れ……そして、淡く温かかった想いは、――硬く、凍りついた。
視界がにじみそうになる。泣きたくなったが、史織はグッとこらえた。
「わかり……ました……」
ほんの少し、強引なまでに顎を掴んで離さない泰章の力がゆるんだ気がする。泣きそうになったことを悟って力を抜いたのかと都合よく考えそうになった思考を、史織は無理やり吹き飛ばす。
「あなたと……結婚します……」
そう言ったっきり、史織は唇を引き結び、血がにじんできそうなほどに奥歯を噛みしめて涙を隠した。
それからどうやって帰ってきたのかを、よく覚えてはいない。
泰章に『送る』と言われたのを突っぱねて、駅まで全速力で走ったのは覚えている。
なにも考えられなかった。なにも考えたくなかった。泰章に感じていたすべての感情を裏切られた気がして、惨めだった。
思考を動かせば余計なことを考えてしまう。それだから、なにも考えずにその日をやり過ごした。
いろいろとたくさん考えなくてはならないのに……考えられない。
母のことも、母の罪も……。
自分自身、これからしなければいけないこと。
泰章との……結婚……。
泰章と結婚だなんて、少し前の自分なら夢のようだと感じただろう。でも、今は……。
考えないようにしているのに身体はそれを気にしているらしく、眠れなかった上に目覚めも悪かった。
――いつもご機嫌と思われている火曜日に、我ながら最悪の顔で出勤してしまったように思う。
「おっ、本日の主役。おはようっ」
従業員用の通用口から入って、最初に声をかけてきたのはパティシエの國吉晋也である。