いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 場は大盛り上がりである。どう反応するべきか迷うあまり史織ひとりが戸惑っている。頭にポンッと國吉の手がのり、ぐりぐり撫でられた。

「おめでとう、おめでとう、まさか史織ちゃんに先を越されるとは思わなかったなぁ」

「火曜日の王子ってことは、烏丸様だよね?」

「他に誰がいるの」

「すごーい、ムチャクチャイケメンつかまえたじゃないっ。いいなぁ」

 同僚たちが盛り上がる中、やはり史織は反応に困る。やはりここは笑顔で喜びを表現するべきなのだろうか。「ありがとうございます」と言って、恥らってみせるべきなのだろうか。

 好きな人と結婚をするのだ。嬉しくてたまらないという素振りをしなくては。

 ……できない。

 昨日から引きずったこんな気持ちのまま、どうして喜びの笑顔が作れるだろう。

「なにを騒いでいるんだ。応接室まで聞こえたぞ」

 店長の声がして、みんなが声の方を見やる。同僚が「わぁっ」と歓声をあげたので、史織も顔を向け、……目を見開いた。

「烏丸さんに職場のみっともないところを見せるな。『こんなところで働かせられない』って、史織ちゃんが辞めさせられたらどうする」

「えーっ」

「ダメーッ」

「え? でも結婚しても仕事は続けられるの?」

 困って慌てる同僚たち。驚いた顔をする史織も、きっと店長の言葉に反応したのだと思われていることだろう。

 史織がうろたえたのはそれではない。店長のうしろから、泰章が歩いてきたからだ。彼はにこりと微笑んで史織の前で歩を止めた。これはいけないと思ったのか、國吉の手がやっと頭から離れる。

「ご安心ください。私も仕事は忙しくて充分史織に関わってあげることができないので、彼女が寂しい思いをしないよう、仕事は続けてほしいと思っているんです」

 みんなに説明をしているようで、彼の瞳は史織を見つめている。優しくおだやかな双眸は、いつも火曜日のお昼にケーキを買いに来てくれる彼そのもの。

「好きでやっている仕事ですから。そのうち、子どもができたら、考えなくてはならない時期がくるかもしれませんが、それまでは……、ねぇ、史織」

 史織の手を取り、口元に持っていく。とても優しく甘い声だ。愛しいものを愛でている時に出る声。

 こんな声で、「子どもができたら」などという話をされては聞いている方が照れてしまう。現に同僚たちは照れて言葉少なだ。「ぅわ~」と小声で困った声を出す。

「……どうして……こんな早くに……」
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