いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「わざわざ……店に来なくたって……」

「結婚報告はしておいた方がいい。それとも君は、笑って結婚報告ができるのか?」

「それは……」

「そう思ったから、代わりに報告しに来た。感謝されるならともかく、そんなにいやそうにするものじゃない」

「感謝って……」

 とはいえ、泰章が言うように、こんな気持ちのままでは笑って結婚報告などできそうもない。ここは、気を回してもらったことを素直に感謝すべきだろうか。

「一カ月後に挙式だ。時間がないから、任せておいたら結婚式直前まで言いだせない可能性がある」

「い、一カ月後!?」

 さすがに驚かずにはいられない。昨日決まった話なのに、結婚が一カ月後だなんて。

「結婚させられると思って、逃げられたらたまらない」

「逃げませんよっ」

「それに、怨みのある女の娘に、親族の誰かが暗闇で襲いかかりでもしたら厄介だ」

「襲っ……」

 思わず声が引き攣った。物騒この上ない話だ。

「そんな……大袈裟な……」

「そうでもない。下手をすれば一族が路頭に迷うところだったかもしれない。どれだけ大変な思いをしたと思っている。大昔だったら市中引き回しの上打首獄門だ」

 物騒にもほどがある……。時代劇風の言葉を混ぜたところはユーモアなのかもしれないが、事が事だけに笑えない。

 きっと、本当に報復したいくらい大変な時期があったのだろうから。

 それでも、それとこれとは別である。

「でも……だからって、あんな……」

「なに?」

 文句を言おうとしているのに、言葉がなかなか出てきてくれない。なんだか照れくさいからだ。それでも言わなければ伝わらない。史織は羞恥に耐えて口を開いた。

「ひ……人前で……手を握ったり、ベタベタさわったり、困ります……」

「あれは、牽制」

「牽制?」

 車の運転席側で立ち止まる。顔を上げると、泰章がニヤリと嗤った。

「あの眼鏡の男、あんまり史織にベタベタ触ってるから、牽制してみた」

「眼鏡って、なに言ってるんですか、あの人には彼女さんがいるし……」

「それにしては馴れ馴れしかったけど」

「同じ歳に社員になったので、歳は離れていますが同期です。仲がよくたっておかしくないです。とにかく、人前であんなベタベタしたのは……」

「恥ずかしい?」

「……恥ずかしいです。だって、あんなに近づいて……」
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