いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「夫婦になったら、もっと近づくし恥ずかしいこともするのに?」

 一瞬にして頬が熱くなった。頭でそれを理解しないうちに身体が反応する。なんてことを言ってくれるんだろう。どう返したらいいかわからない。

「ほら、サービスしてやれ、心配して見ているから」

「え?」

 店の方へ顔を向ける。そのタイミングで、頬にチュッとキスをされた。

 驚いた勢いで泰章に顔を向け、唇が触れた頬を手で押さえる。その反応がおかしかったらしく、彼は喉で笑いながら車に乗り込んだ。

 目を白黒させる史織に、泰章はしれっと言い放つ。

「じゃあ、頑張れよ。昼には、ケーキを買いに来るから」

「来るんですか?」

「なんだ、そのいやそうな驚いた声は」

「だって……来る必要、ないじゃないですか……」

 車のドアが閉まり、すぐに窓が下がって泰章が呆れた顔を見せる。

「仲良しをアピールしておいた方がいいだろう?」

 ――仲良くする気なんてないくせに……。動きかかった口が動ききらないうちに窓が上がり、車がゆっくり走りだす。

 頬を押さえた手の中で、彼の唇が触れた部分が熱い。見せつけるための愛情であることに寂しさが這い上がってくるが、史織はそれを振り切って手を離し店へ引き返した。

 駐車場に面した店の出入口側から、心配した店長と純子、そして興味に駆られた同僚たちが覗いていた。仲睦まじい姿はバッチリ見られたことだろう。泰章の思惑通りに。

 店から入れば近いとはいえ、まだ開店前でドアは施錠されている。史織は通用口に回って中へ入った。

「あれ?」

 一瞬足が止まった。由真がタイムレコーダーの横に立っている。まだ制服に着替えていない。ずっとここに立っていたのだろうか。

「おめでとうございます。史織さん」

「え……あ、ありがとう……」

 それを言うために待っていてくれたようだ。そういえば先ほど、泰章の登場で盛り上がった同僚の中で由真だけが黙っていたのを思いだす。

「史織さん……」

「なに?」

「幸せですか?」

「え?」

「結婚決まって、幸せですか?」

 質問の意図がわからなくて戸惑う。普通に考えれば〝幸せ〟だろう。普通は……だが。

「由真ちゃん……それは、どういう……」

 おまけに由真は、無表情でそんな言葉をぶつけてくる。意味もわからず下手なことは言えない。そんな気がした。

 史織の様子が伝わったのか、由真はちょっと気まずそうに頭をかく。

「すみません。でも、史織さん……なんだか、嬉しそうじゃなかったんで……」

「そう?」
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