いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 泰章の希望に沿ってプランナーの女性が退室する。ふたりきりになると、なんだかこの姿が恥ずかしくなってきた。とても豪華なドレスにメイクや髪も整えられて、いつもの自分とはまったく違う。

 笑われるのではないだろうか。馬子にも衣装と、鼻であしらわれたら……。

「顔を上げろ」

 足元にたゆたうトレーンの波型を見ていた視線を、おそるおそる上げていく。

 視界に流れていくのは、エナメル素材が艶やかな内羽根式ストレートチップの靴、そこから漆黒のテールコート。二本の側章が入ったパンツ、白いベスト、白の蝶ネクタイ、そして……。

「綺麗じゃないか」

 予想に反して褒めてくれる、いつも以上に秀麗な泰章の顔……。

「そのドレスを選んでよかった。髪もメイクも完璧だな。名家の令嬢だと言っても信じてもらえそうだ。まぁ、素性が知れているので無理だが」

 褒められたことに驚いて言葉が出ないのもあるが、泰章のテールコート姿が信じられないくらい素敵で、余計に言葉が出ない。

(泰章さん、素敵……。いつものスーツ姿とはまた違った感じで……)

 頬が温かくなっていくのがわかる。赤くなんてなったら分不相応な姿が恥ずかしいからと思われそうで、史織は慌てて口を開いた。

「素性が知れているぶん、親族の皆様に笑われそうです。馬子にも衣装なので」

「結婚式で花嫁を嘲笑するなんて無礼な親族はいないと思ってはいるが、視線は痛いかもしれないな」

 改めて緊張が走った。親族の前に出るということは、そういうこと。

 嗤われはしなくとも、冷淡な視線に包まれるのは間違いがない。

 針の筵、とはこういうことを言うのかもしれない。仕方がないとはいえ、ちょっと怖い。不安のせいで重くなった視線が下へ流れた。

「……心配するな」

 静かだが、力強い言葉が史織の視線を戻す。

「君は、自信を持って俺の横に立っていればいい」

「……はい」

 なにに対して自信を持てと言われているのか迷う。彼の妻だと自信を持てというのか。いつもとは違って品よく見えるから、自信を持って横に立てということなのか。

 ……後者の可能性が高い気はする。

 とりあえず、彼は勇気づけてくれたのだ。完全にアウェイの中での結婚式。史織が不安にならないわけがない。

「ありがとうございます」

 弱々しくはあったが、史織はにこりと微笑む。

「せめて、いやな女だけど泰章さんと並んで様にはなっていたって言われるように、頑張ります」
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