いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
第三章 秘められた恋情
 ――抱くつもりじゃなかった。

 挙式が済んだら、部屋へ移動して史織を置いてすぐに出るつもりだった。

 そうしなければ危険だと、泰章の理性が叫んでいたからだ。

 抱いてしまえば、感情と欲望を抑え込んだタガが外れてしまう。一度外れてしまえば戻せるかわからない。

 戻せる自信がない。

「クソッ!」

 史織が聞いたなら泰章らしくないと目を丸くしそうな悪態をつき、泰章は髪をかき回す。ソファに腰かけ、両腕を膝に預けて深いため息をついた。

「……かわいかったな、史織」

 口に出すだけで体温が揺らぐ。湯気のような上昇を感じれば、回想はもう止められない。

 白いウエディングドレスに包まれた華奢な身体。まとめ上げた後れ毛がうなじで揺れ、マリアヴェールで守られる可憐な相貌が恥ずかしげに頬を染めて微笑む……。

 あんな姿を見てしまったら……。

「我慢なんかできるわけがないだろうがっ!」

 声に出してたのは、自分に言い訳をするためだ。

 こらえられる自信があった。こらえなくてはいけなかったから……。今は自分の気持ちを閉じ込めておかなくては、史織を守れない。

 ドアチャイムの音が響く。インターフォンから声が聞こえた。

《社長、福田です》

 夜遅い時間だから気を遣ったのか、福田は忍び声だ。部屋には泰章しかいないし、ホテルの廊下もこの時間なら人けはないだろう。インターフォン越しにそれほど気を遣う必要もないと思う。

 気遣いの福田、と異名をとる福田弁護士。彼の父親の代から引き継がれた、烏丸家の顧問弁護士である。

 おだやかな人ではあるが、父親が失踪した際、KRMホールディングスの顧問弁護士たちと協力して情報漏洩防止に動いてくれた。

 あのおだやかさと巧みな説得力があるからこそ、重度の鬱病を患った母を療養させることができたし、会社の一大事で婚約を破棄された薫を立ち直らせることもできた。

 だからこそ、今回の計画も福田にしか話せなかった。

 史織を救うためには、これしかなかったから。

「しかし、アレですねぇ……」

 部屋に入った福田は、気まずそうな顔をしながら室内を見回す。
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