いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 誰かが声をあげた、相手の女に責任をとらせようという意見に、一番に賛成したのは薫だった。

 父とはすでに別れていて所在が知れない。捜すとなればまた時間も人件費もかかる。女の家族なら居場所を知っているのではという話になり、難なく調べはついたが……それが、ただひとり残されていたという娘、史織だったのである。

 泰章にとっては、まさに青天の霹靂。

 この一件にけりがつけば、正式に史織に結婚を前提とした交際を申し込もうと考えていた矢先の出来事だった。

 薫をはじめとする親族の怒りはヒートアップするばかり。本人が見つからないのなら娘に責任をとらせろという話にまでなった。

 もちろん、常識的に考えれば法的にも史織にそんな義務はない。しかし、過去の怒りに取りつかれた人間たちはなにをするかわからない。

 どうする。たとえ一族を危機に陥れかねない原因を作った女の娘だとしても、泰章に史織を追い詰めることなどできない。

 彼女を守りたい。

 せめて、薫や親族の怒りが収まる時期まで、なんとか彼女を守る方法はないものか。

 ひとつだけあった。

 彼女を、妻にしてしまえばいい。

 仕事の都合もあるが、結婚を真剣に考えなくてはならない立場だというのは親族も知っている。早ければ早い方がいいという、切実な問題だ。

 仕事一辺倒で浮いた噂がない、鉄壁ガードの烏丸社長。そんな言葉でからかわれることも珍しくないのだから、仕事のために利用するという名目があれば、反対する者はいないだろう。

 仮にいても、仕事のためという絶対的な理由があれば、説き伏せることはできる。

 失踪相手である女の娘を、慰謝料の代わりに形だけの妻にして利用する。それが、烏丸家当主である泰章の決裁だった。

 泰章の妻にしてそばに置けば、彼女が苦しめられることはない。たとえ周囲から憎まれても、責めたてられることはない。

 時が経てば、薫や親族にも史織の本質が伝わるだろうし怒りだって収まってくる。しばらくは肩身の狭い思いをするかもしれないが、少しのあいだ、それに耐えてくれれば……。

「薫様やご親族を欺くためとはいえ、社長もおつらいでしょう。奥様に、冷たく接しなくてはならないとなれば……」

「仕方がないのです。薫は変に勘がいいし、俺が優しく接すれば親族の怒りも収まらない。俺も、優しくしてしまえば……きっと、無関心を装うことはできなくなると思うので」

「心中、お察しいたします」
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