いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「ありがとうございます」

 泰章はゆっくり立ち上がると福田に頭を下げた。

「今、史織を気遣ってやれるのは、中立の立場に立たれている福田先生だけです。よろしくお願いいたします」

「頭を上げてください、社長。わかっておりますよ。そのつもりで、社長は私にこの計画をお話しくださった。烏丸家の当主のお力になることが私の役目ですから」

「ありがとうございます」

 誰でもいい。史織の味方になれる人間をそばに置きたかった。

 そんな人間はいるだろうかと考えた時、中立の立場をとっても周囲からあれこれ言われることのない福田が適任だと思いあたったのだ。

 味方になれる人間という意味では、史織の職場もそうだろう。店長もオーナーも、史織をかわいがってくれている。同僚とも仲がいいようだ。

 仕事を辞めなくてもいいと言ったのは、仕事に出ていい人間関係に触れていれば、史織の心が追いつめられることもないだろうと考えたからだった。

 ほどなくして福田が帰ると、泰章はルームサービスを頼んだ。

 さほど待たずに届けられたホットレモネードはマシュマロ付き。小さなガラスの器に盛られ、彩りのためなのかミントの葉が飾られている。

 ここで泰章は失敗をしてしまう。ミントに気を取られてしまい、マシュマロを先に口へ入れてしまったのだ。

 甘くふわりとした食感。史織の肌を食んだ感触を思いだす。それも「マズイ」と思ったことのひとつだが、マシュマロを先に味わってしまったのもいただけない。

 思った通り、レモネードを口に含むと少し苦い。

「史織に、注意されていたのに」

 笑みが漏れる。カップを持ったままソファに深くもたれかかり、まだ客として店に通っていた頃、ルビーグレープフルーツを使ったデザートをお勧めしてくれた史織に想いを馳せた。

 酸味があるものと甘いものがある時は、酸味があるものを先に……と言われていた。

 あの時は、疲れているようだからと言って、泰章が苦手だと知っていても酸味のある柑橘類を勧めてくれた。

 彼女の販売員としての記憶力は素晴らしい。客とのやり取りを忘れない。常連の好み、苦手なもの、記念日など、驚くほど記憶している。

 会話のノリで言ったのかもしれないが、ヴァンドゥーズを目指していると聞いた。可能ならば、認定試験を勧めてあげたい。

 ふた口、三口と、レモネードを口に含む。

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