いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 少しでも長く話がしたくて、彼女に関わっていたくて、毎回お薦めを聞いては悩んでいる素振りをして話を延ばした。

 申し訳ないとは思いつつ、彼女と話していると楽しくて嬉しくて仕方がなかったのだ。

 そうしているうちに元父の行方が知れ、絶縁が決まった。

 この問題に、やっと終止符が打てる。ホッとしたし、気持ちも軽くなった。

 なにより史織にちゃんとした告白ができる。それを待ち望んでいたのに、自分たちを苦しめてきた人間の娘が史織だったという、最悪の事実が待っていた……。

 対象となる人間が見つかったことで、薫や親族の憤りは再燃し、その矛先は史織へ向いた。

 史織に説明した時は冗談半分だと思っただろうが、本当に刃物で襲いかかられても不思議ではないものがあったのだ。

 史織を守らなければ。守れるのは自分しかいない。

 決断は今しかなかった。こんな形でしたくはなかった決断だが、彼女を守るためにはこれしかない。

「その娘と結婚する。利用するなら、ちょうどいい」

 それは、史織に恋い焦がれていた泰章としてではなく、烏丸家当主としての決断だった――。

「……史織」

 レモネードは、飲みきるまで苦味が口に残った。その後に口に入れたマシュマロが、泰章に甘い安らぎをくれる。

 いつも心に癒しをくれた史織を思いださずにはいられない。自分が決めたことなのに、こんな結婚にしなくてはならなかった現実が恨めしい。

 周囲を刺激しないためだ。せめてもう少し状態が落ち着くまで、泰章が、史織に優しく接することはできない。

「史織……」

 名前を呼ぶだけで気持ちが昂ぶる。全身が彼女を欲して疼き上がる。

 こんなにも彼女に囚われているのに、今は、愛している気持ちを伝えられない。
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