いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 昨夜から続けて今日も朝から仕事をしていた彼に、昼まで寝ていた自分を知られてしまった。

(やだ、恥ずかしいっ)

 そう思うと止まらない。史織は急いで言い訳をした。

【すみません。昨夜の余韻でぼんやりしてしまって、寝過ごしてしまいました】

 しかし、送信してからこれはまずいのではと気付く。

 これでは、なんだか昨夜抱かれた余韻でぼんやりしていた……という意味にとられる気がする。

「ち、違うんです……、いや、違わないかな……でも……」

 史織自身がぐるぐるしてしまう。抱かれた余韻でぼんやりしたのも確かだが、この場合は結婚式の余韻で、と伝えるべきだった。

 今から訂正してもいいだろうか。しかし訂正など入れては余計に疑われる気がする。

 既読はついているが、それ以上泰章からなにも返ってこない。呆れたのだろうか、不快だったのだろうか。処女だった女が、なんてふしだらなことを言っているのかと怒ったのではないか。

「ど……どうしよう……」

 スマホの画面を見つめるが、この動揺が伝わるわけではない。彼のことだ、長々とやり取りするのは面倒だと思って終わらせたのかもしれない。きっとそうだ。そう思っておこう。

 今夜彼が帰宅してなにか言われたら、その時に言い訳をすればいい。

「そうだ、そうしようっ」

 史織は勢いをつけてベッドを跳び出す。ひとまずお風呂に入ろう。頭から水でもかぶらなければ、泰章を思いだして火照る身体を治められそうもなかった。

 ……いきなり水は身体に悪いので、最初はぬるま湯にしようと考え直した。



     *****



 ガタンッ、バァンッ……と、なにかが倒れた大きな音と、勢いよく床を叩くような音が社長室に響いた。

「……社長?」

 社長室の書類棚にファイルを戻していた若い第二秘書が、何事かと振り返る。昼も過ぎたというのにまだ昼食をとってくれない烏丸社長がいるはずのデスクに、社長の姿がない。

「社長!?」

 秘書は驚きのあまり持っていたファイルをバサバサッと派手に落とす。慌ててデスクへ駆け寄った。

「社長っ! しゃちょぉぉっ!!」

 秘書としては、社長が神隠しにでも遭ったのかと焦ったに違いない。仕事命の社長が、仕事中に姿を消すなどありえないのだ。

「しゃちょぉ! どちらへ行かれましたかぁ!?」
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