いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 顔面蒼白でデスクに両手をついた秘書は、身を乗り出した瞬間その顔のまま固まる。重厚なエグゼクティブチェアが倒れ、烏丸社長が床に両膝をついてうずくまっているのだ。

「……大声を……出すな……。ここにいる……」

 苦しそうな声だ。秘書は焦りつつも慎重に声をかける。

「社長……どこか、お加減が悪いのですか……」

「……大丈夫だ……。ちょっと、意識が飛びそうになっただけだ……」

「意識が……。救急車を呼びますか!?」

「ちょっとだと言っている。そんな大袈裟なものじゃない」

「でも、そんな、意識が飛ぶなんて……、そうか、お腹がすいたんですね! お昼も食べないで仕事ばかりしてるからですよ! 昨日は結婚式だったんですよね、今日はお疲れでしょう。そんな日に無理をしてはいけませんよ! 向かいのビルの日本食ダイニングで鰻重弁当でも仕入れてきますね! 社長は精つけとかなきゃ!」

 秘書は勢いよく社長室を飛び出していく。落としたファイルが放置されているので、戻ってくる前に第一秘書に見つかりでもしたら大目玉をくらうに違いない。

 仕事熱心で向上心のあるいい青年なのだが……。

「あいつ、なにか誤解してないか」

 昨日が結婚式だった社長が、意識が飛びそうになるほど疲れている。――初夜で張りきりすぎたとでも、思われているのだろうか。

(間違いなく思ってるな)

 頑張るどころか、抱き足りないくらいだというのに。

 泰章は片手に持ったままのスマホを眺める。史織とのやり取りを表示させると、彼女がくれたメッセージをジッと眺めた。

 朝メッセージを送ってから、既読もつかないのがずっと気になっていた。史織のスマホは洋服の上に置いてきたので、着替えようとすれば気付くはずなのに。

 もしや、初夜に置き去りにされるなんてあまりにもひどい仕打ちを悲しんで、メッセージがきたのは気付いていても無視をしているのではないか。

 やはり置き去りはやりすぎだっただろうか。しかし彼女のそばにいたら、きっとまた抱いてしまうだろうし、そうなれば官能の余韻で愛の言葉を囁いてしまう気がする。

 気になって、仕事中もずっとスマホをかたわらに置いていた。昼になって辛抱も切れそうになった時、やっと史織から返信がきたのだ。

 こんな時間まで寝ているなんて、史織らしくない。休みの日は早くから起きて一週間分の掃除や洗濯をすると言っていた史織が。

【すみません。昨夜の余韻でぼんやりしてしまって、寝過ごしてしまいました】
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