いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「それはなぜでしょうか? あの……やっぱり……、わたしに家の中をウロウロされたくないってことですか?」

「いえいえ、そういうことではないんですよ」

 悲観的に聞こえたのかもしれない。福田は慌てて声を大きくする。後部座席からルームミラーを見ると、福田の目は笑っている。

「しばらくのあいだ、ご親族の方が在宅時間を見計らって訪ねてくる可能性があります。ご親族が本家を訪ねる場合は社長にご連絡を入れて許可が出てから、ということにはなっておりますが、近くまで来たから奥様のご機嫌伺いに、という名目でいらっしゃる可能性もあります。そんな時にお屋敷内をウロウロしていて鉢合わせでもしたら、いやでも相手をしなくてはなりませんよ?」

「わたし……仕事に出てもいいと言われているので、一日中いるわけではないし。帰宅も夜ですから、その頃には泰章さんも帰ってくるでしょうし、ウロウロさせてはもらえないと思います」

「社長が帰ってきていれば心配はありませんが、社長は仕事で遅くなることもありますし、奥様とはお休みが合いません」

「あ……」

「ちょっと窮屈かもしれませんが、しばらくはそうした方がいいと思います。社長のそばにいる時は、不快な思いをすることもないでしょうから」

「はい、ありがとうございます……」

 これは素直に従った方がいい。それにしたって、本来史織は恨むべき人間の娘なのに、随分と気を遣った助言をしてくれる。

 きっと、しばらくは単独で親族に会わせない方がいいというのを泰章に提案してくれたのは、福田なのだろう。

 それだから泰章も、ウロウロしないで部屋でおとなしく待っていろと言ったのだ。

 顔を見たらなにをされるかわからないから、と心配されるほど恨まれているというのも切ないが、母がしたことが関係して烏丸家が窮地に陥ったと考えれば仕方がない。

「それと、通いの家政婦や出入りの業者もいますが、それらの人たちは奥様の詳しい事情は知りませんので」

「そうなんですか?」

「先代が失踪した件は、徹底して情報が守られました。たとえ家政婦や出入りの人間であろうと、それを知られないよう事が運ばれたのです」

 社員や他社に知られないようにならまだしも、家族に近い場所にいる家政婦にまで秘密にするとなれば、かなり大変だ。
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