いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 家族の均衡が崩れた烏丸家。母親の病気を、失踪関係を伏したまま別件として処理したのなら、泰章の気苦労は莫大なものだったのではないか。

「泰章さんは……本当に大変な目に遭われていたんですね……」

 ポツリと言葉が出る。福田は、なにも言わなかった。



 都心から少し離れた緑豊かな高級住宅街の一角に、烏丸家の屋敷が建っている。

 終わりが見えないほど続く塀に囲まれた広大な敷地。そこに建てられた二階建ての洋館は母屋の他に別館がある。

 初秋とはいえ前庭の芝庭は緑が鮮やかだ。石段で囲まれた噴水は噴水口が芸術品のような円形で、細かな隙間から水があふれ出ている。

 泰章が「屋敷」と口にするのをなにげなく聞いていたが、これは本当にお屋敷という言葉がピッタリだ。

「お待ちしておりました。まあまあ、なんてかわいらしい奥様なんでしょう」

 玄関前で車を降りると、三十代から五十代ほどの女性が六人、そして男性が三人、広い玄関ポーチの前に出てきていた。

 女性はみんな同じ白いエプロンをつけている。おそらく通いの家政婦たちだろう。男性はノーネクタイのスーツ姿だったりポロシャツに作業ズボンだったり、一貫性はない。

 声を発したのは、おそらくこの中では最年長と思われる女性で、元気で明るい雰囲気はどこか純子を思いだす。

 そのせいか、史織は自然と嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「今日からお世話になります」

「お世話になっているのはわたくしどもの方ですよ。今日は奥様が帰っていらっしゃるということで、お休みの者から庭師まで、皆でお待ちしておりました」

 紹介を合図にしたかのように、他の八人も背筋を伸ばし全員で頭を下げた。

「よろしくお願いいたします、奥様」

「わ、わたしの方こそ、よろしくお願いいたします……!」

 史織も急いで頭を下げる。福田に呼ばれていた時はそんなに感じなかったのに、烏丸家に従事している立場の人たちに「奥様」と呼ばれると、妙にくすぐったくて照れくさい。

 頭を上げると、福田が史織を迎えてくれたみんなをひとりひとり紹介してくれる。みんなが笑顔で接してくれるので、史織は感動で胸が詰まった。

 ここに来るまで不安だった。家政婦をはじめ烏丸家に出入りしている人たちにも冷たい目を向けられるのかと、重い気持ちにもなっていたというのに。

 烏丸家での生活に不安を感じていたが、これなら、なんとかやっていけるような気がする。
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