いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「にぎやかね。どうしたの?」

 大きな声ではないのに、それは耳に針を刺したかのよう鼓膜に突き刺さる。誰よりも早く顔を向けた史織の目に入ったのは、ドアを開けて出てこようとしている薫の姿だった。

「あっ、薫お嬢さん、奥様が今到着して……」



「道を開けてくれる? 叔母様たちがお帰りなの」

 話しかけられた声を無視するように、薫は顔をそらしてドアを開けながら外へ出る。年配の女性がふたり、続けて出てきた。

 ふたりとも背格好が似ている。姉妹なのかもしれない。ひとりは髪をうしろで綺麗にまとめ上げ、もうひとりは対照的に短いエアリーボブだ。少々若者向けのレイヤーが入っていて、申し訳ないが由真の髪型に似ているなと感じてしまった。

「あら、あなたもしかして……」

「泰章さんのお嫁さんじゃない?」

 ふたりはすぐさま史織に気付き、近づいてくる。玄関前のアプローチには低い階段が三段ほどあるのだが、ふたりはそこを下りないまま史織を見下した。

「やっぱりそうだわ。お式の時と雰囲気が違うから別人かと思っちゃった」

「わたくしも、あまりにも素朴だから新しい使用人かと思ったわ」

 ふたりは顔を見合わせてコロコロと笑う。薫が『叔母様たち』と言っていたし、挙式に参列した親族なのだろう。事前の顔合わせや紹介などは一切されていなかったので、史織にはわからない。

 それでも、親族ならば挨拶くらいはしておかなくては。史織は口を開きかけるが、先に話しかけられてしまった。

「ところで、これからお時間は? お式ではまったくお話ができませんでしたものね。いろいろお話がしたいわ」

「そうよね、いろいろと、あなたの方のお話も聞きたいわ。たとえば、娘の結婚式にいらっしゃらなかった〝お母様〟の話とか」

 出そうとした言葉は出ないまま、呼吸ごと止まった。親族と言葉を交わせば母の件に触れられるという予想はついていたものの、実際その場面になると狼狽してしまう。

「いいでしょう? どうせお暇よね」

「せっかく結婚したのに、新婚旅行もナシなんて。泰章さんもひどいわねぇ。いくら仕事の方が大切だからって」

「せっかくですが奥様方」

 言葉が出なかった史織に変わって声を発してくれたのは、福田だった。

「本日、奥様はお屋敷に到着いたしましたら荷物の後片付けをするか身体を休めることに徹し、お部屋からは出ないようにと社長から言われております。また、奥様をお誘いの際は社長の許可をいただいてください。理由はおわかりかと思います」
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