いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「先ほどのご親族の方を見ていてもおわかりになるとは思います。ここでは、社長の指示がない限りご自分の判断で行動に出るのは控えた方が賢明です」

「挨拶だけでもですか?」

「はい。むしろ、薫さんのお気持ちを考えてくださるのなら、しばらくはそうされた方が……」

「わかりました」

 史織が素直に返事をすると、福田は一瞬気の毒げに視線を下げるもののそれ以上はなにも言わず部屋へ向かって歩きだした。

 当主である兄が決めたことだから、薫は従わざるをえない。本当なら一緒に住むのもいやなはずだ。

 薫が婚約を破棄される原因を作った女の娘。たとえ当人ではなくても憎むに値する。

 兄に多大な重圧を背負わせたことに対しても随分と憤っていた。兄妹のやり取りを見ていた時は泰章が随分と薫を抑え込んでいるように感じたが、本質は仲のいい兄妹に違いない。

 夫婦で使用する部屋というのは、とても広い部屋だった。ふたりで使うにはもったいないくらい大きなコーナーソファがあり、壁にはめ込まれたテレビなどもあって、まるで豪華なマンションの一室のよう。

 壁を大きく切り取った先の続き部屋はベッドルームになっている。壁一面にクローゼットがあり、ふたりで使う部屋にこんな大きなクローゼットは必要なのか心配になる。

 史織が部屋に入ると、そこで福田の役目は終わり。すぐに光恵がホットレモネードを持ってきてくれて、用があれば内線で呼ぶよう言われた。

「今日は旦那様も早くお戻りになられるらしいので。それまでごゆっくりされてください」

「ありがとうございます」

 結婚した理由を知らないだけに騙しているようで心が痛む。それでも歓迎してくれる気持ちが嬉しくて、ひと時でもそんな気持ちに触れたことで癒された気がする。

 ベッドルームやメインルームを散策するように歩き回り、史織は泰章が帰ってくるまで少ない荷物を片付けて過ごした。
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