いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「なんだ、すっかり片付いたな」

 早く戻るとは聞いていたが、十七時になるかならないかのうちに泰章が帰ってきて、史織は少し驚いた。

「はい、わたしの荷物といっても、ほとんどなかったので……」

 出迎えくらいはしたかったのに、泰章は帰宅してさっさと部屋へ上がってきたらしい。「旦那様がお帰りになりましたよ」と光恵から連絡がきて、内線電話を置くか置かないかのうちに部屋のドアが開いたのだ。

「あの、お出迎えもしないで、すみません」

 室内をキョロキョロ見回す泰章のうしろで声をかけると、彼はベッドルームへ足を進めた。

「そんなものどうでもいい。君が出迎えに出てくるより、俺が部屋まで来る方が早い。逃げ出そうとしてるんじゃないかと思って急いで駆け上がってきたから、そんなに早く奥さんに会いたいのかと思ってもらえただろうし」

 虚をつかれ、ほわっと頬が温かくなった。もちろん彼がそんなつもりで駆け上がってきたのではないだろうことはわかるが、そうだったらどんなに嬉しいか。

「使用人たちには『仲がいいんだな』と思われておいても損じゃない。それより、本当に収納は足りたのか? 入らなくてそのへんに置きっぱなしとか……」

「そんなことはないです。むしろ収納スペースがありすぎて、あっという間に終わりました」

 泰章がクローゼットを開け、……開けたまま動きが止まる。彼の後を追って歩いていた史織はちょうどベッドルームの出入口で止まってしまった。

 入れかたが雑だっただろうか。ただでさえ少ない荷物、雑に見えるほど衣類も入ってはいないのだが……。

 パタンとクローゼットを閉め、泰章は腕を組んで考え込んだ。

「……すぐに馴染みの外商を呼ぼう。君の服をそろえないと」

「外商って……、そんな、いいです、大丈夫ですよ、服なら足りてますからっ」

「俺に恥をかかせるつもりか」

 振り返った泰章が近づいてきて史織の目の前で止まる。

「これから、俺の妻として人の目に触れることも多くなる。それなのに、ショッピングモールのセールで買いましたと言わんばかりの格好をさせておけると思うのか。だいたいこれではコーディネートがすぐに尽きる」

 ショッピングモールのセール、という部分が大当たりだ。おどけて笑ってくれるなら「大当たり~」と拍手をしたい。

 しかし言われてみればそうだ。史織がきちんとした身なりで人前に出なければ泰章が笑われることになる。
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