いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「すみません、考えなしでした。わたし、明日にでも仕事が終わったら買い物に行ってきます」

「これから外商を呼ぶと言っているだろう。君の服は俺が選ぶ。自分で選ばせたら、ショッピングセンターがセレクトショップに変わるだけだ」

 ……さもありなん……。よくおわかりでと笑ってごまかしたいところだが、泰章がスマホを手にしたので史織は慌てて口を出した。

「あ、あの、それでしたら、ATMでお金をおろしてくるのでちょっと待っててください。あっ、近所にコンビニとかありますか?」

「ATM?」

「はい、あの……今、手持ちがあまり……」

「妻の服くらい俺が買う」

「でも、申し訳ないですし……」

「埒が明かない。……ああ、烏丸だ」

「あの……」

 史織の意見は一切通らないまま、泰章は通話をしはじめてしまった。ものの一分で終わり、スマホを持ったままニヤリと口角を上げる。

「結婚したばかりの妻にたくさん買ってやりたいって言ったから、大喜びで用意してすっ飛んでくるぞ」

「そ、そうですか。すみません……」

 申し訳ない気持ちが大きすぎて、どういう顔をしたらいいものか。泰章が選んでくれるというのは素直に嬉しいのだが、本当にいいのだろうかという気持ちもある。

(でも、外商が家まで来てくれるなんて、すごいな……)

 ここは素直に、夫に従うべきなのだろう。だいたい、今までの史織の生活レベルとはまったく違うのだ。

「ありがとうございます。……あの、図々しいかもしれませんけど……泰章さんが選んでくれるって、すごく嬉しいです」

 照れくさくて言葉がたどたどしくなってしまう。史織本人には任せられないというのが理由だが、それでも、彼が気にかけてくれるのが嬉しかった。

 するといきなり泰章の手が顔の横の壁をバンッと叩き、身体が震える。

「……あのなぁ」

 顔を伏せた彼が、壁にひたいをつける。手は史織の顔の横についたままなので、壁に押しつけられながら身体が密着した。

「そういう……ことを言うな」

「す、すみませんっ」

 不快だっただろうか。妻の服くらい夫が買うものだと思っている人にこんなことを言っては、しつこいと呆れられたのかもしれない。
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