いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 自惚れなのはわかっているけれど。

 ――自分を見てくれているのではないかと……感じてしまうから……。

「お待たせいたしました。いつもありがとうございます、烏丸様。妹様にも気に入っていただけますように」

 ショーケースの前に出てケーキが入った紙袋を手渡す。泰章が長身をわずかに倒して顔を寄せ、声を潜めた。

「また来ます。必ず」

「は、はい、お待ちしておりますっ」

 一瞬声が裏返りそうになってしまった。彼がなぜそんな仕草をしたのかわからなかったのと、内緒話よろしくとても顔が近かったのだ。

「ありがとうございました」

 頭を下げ、彼が店を出るのを見送る。自動ドアが閉まったところで、ふうっと軽い吐息が漏れた。

「今日も〝王子〟でしたねぇ」

 声を潜めて寄ってきたのは、センターテーブルに季節商品を並べていた河(かわ)名(な)由(ゆ)真(ま)である。

 この春に高校を卒業したばかり。販売スタッフと働きはじめて四カ月。試用期間も終わってますます張りきる元気な彼女は、史織にとって初めてできた唯一の後輩だ。

「初めてあのお客さんを見た時は、俳優さんでも来たのかと思いましたよ。いや、そこらへんの芸能人よりイケメンですよねぇ」

「そうだね。やっぱり、女の子としてはそのあたりが気になる?」

 キュッと眉を寄せて泰章が出ていった出入口を見ている由真に、ちょっと冷やかすようなトーンで言ってみる。すれ違えば五度見はしてしまいそうな男性だし、由真のような若い女の子ならイケメンには敏感なのではないか。

 しかし先輩後輩とはいっても由真とはふたつしか違わないので、由真のような若い女の子、と自分が言うのもおかしな気分だ。

「いや、男でも気になっちゃいますよ、あのイケメン具合は。あたしはどっちかっていうと、そのイケメン客がいつも史織さんを指名するってあたりが気になりますね」

 補充用商品が入った籐編みの籠を両腕でかかえ、由真は真面目な顔で史織を見る。

「そ、それは、最初に接客したのがわたしだからっているのもあるし、商品の相談にのるのがわたしの仕事みたいなところもあるから、それで……」

 ちょっと焦ってしまうのは、泰章がいつも史織を指名するおかげで、そんな言われかたをされるのが初めてではないからだ。

 先輩やオーナー、パティシエ、果てはパートの奥さんまでもが『史織ちゃん目当てなんじゃないの?』とズバッと言う。
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