いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「ほら」

 泰章が持っていたグラスの片方を差し出す。受け取るとひんやり冷たい感触とともに爽やかな香りがした。

「レモネード、ですか?」

「疲れた時は、酸味のあるものがうまいんだろう?」

 グラスを両手で持ち、史織は目を大きくして泰章を見る。彼は、初めて出会った日のことを覚えていてくれているのだろうか。

 そのまま見ていたら泣いてしまいそうで、史織はグラスに視線を落とす。

「嬉しいです……。あの……泰章さんも、時々お飲みになるって聞きました」

「ああ」

 生返事をして史織の横に腰を下ろし、泰章は自分のグラスに口をつける。合わせて史織も口をつけると、爽やかな風味と芳香が体内に広がった。

「……史織が作ってくれたのは、うまかったな」

 ポツリと泰章が呟き、史織の手が止まる。唇が震えたが、史織は言い違えないよう慎重に言葉を出した。

「また作っていいですか……?」

 口に出した瞬間、冷や汗が吹き出そうになる。しかし、彼が「頼む」と呟いてくれたおかげで、冷や汗の代わりに涙が出そうだった。

「ありがとうございます。わたしでもなにかできると思うと、嬉しいです」

 夫婦になったせいなのか、夫婦として身体を重ねたおかげなのか、泰章の雰囲気が結婚前より柔らかくなっている気がする。

 彼の正体を知らなかった頃ほどではないしにしろ、母のことで追い詰められた時よりは緊張しない。

(なんか……ちょっと嬉しいな)

 烏丸邸に到着した時から親族に会ったことで気持ちがこり固まったが、今こんなに寛げているのは泰章や使用人たちのおかげではないだろうか。

 グラスを口につけていると「ふふっ」と笑みが漏れる。そのグラスを泰章に取られ、なにかと彼に顔を向けるのと同時に、唇を奪われた。

 驚いた眼が大きくなるものの、すぐにまぶたがそれを隠す。グラスをサイドテーブルに置いた気配がした直後、両腕を掴まれゆっくりと押し倒された。

 くちづけがだんだんと深くなり、息苦しいほどに吸いつかれる。彼の舌戯についていくのに必死になっているうちにパジャマをすべて脱がされ、すぐにショーツに手がかかった。

「あのっ、それ……」

 顔の向きを変える時にできる唇のあわいから戸惑いを漏らし、惑う手つきでショーツの横に指を引っかけ上に引く。

「なんだ? 恥ずかしいのか?」
< 71 / 108 >

この作品をシェア

pagetop