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放課後

―放課後―

あたしは高校に入ってからは、部活というものには興味がなかったので帰宅部という感じだ。
だからそれなりに放課後は暇なのである。
富貴や友達と遊びに行ったりもするが、たいてい音楽室や図書室にいる。
音楽室や図書室は空調が整っている割にはあまり人もいなくて絶好の穴場だ。
今日は富貴と教室で別れたあと、音楽室に来てみた。

ガラリと音をたてて音楽室のドアを開けると、いつものようにグランドピアノが堂々と置いてある。
ピアノの蓋をゆっくりと開いて布のカバーを外す。
鍵盤が露になり、指を上に置くこの瞬間がなんとなくあたしに緊張感を感じる。
最初の一曲目は誰が作曲したのか忘れちゃったけど『カノン』といつも決めてあたしは弾く。

誰にも邪魔されないこのときが好き。
世界があたし一人だけになったような感覚に陥るんだ。
ゆっくり、ゆっくり、丹念にメロディーを奏でていく。
音符ひとつ、ひとつに気持ちを込めるようにして。

3年前、母親が死んでから家に置いてあったピアノは処分してしまったから、もうあたしがピアノを弾けるところは学校の音楽室ぐらいしかなくて、この時間がピアノを唯一弾けるから今のあたしにとって貴重な時間になる。

一通り『カノン』を弾き終わって鍵盤から指を離したとき、ふっと視線を感じた。
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