◆ラヴェンダー・ジュエルの瞳
「アイガー! アイガー? 何処にいるのー!? アイガー!!」

 アイガーに中庭へ侵入してもらい、それを探しに迷い込んだ振りをする、というものだった。

 建物と建物の細い隙間を縫い、暗くじめっとした中庭の入口に立つ。相変わらず城壁の高い壁が大きな陰を作っていて、その真中に半分同化した白黒のアイガーと、頬を舐められてくすぐったそうに笑う、草むらにしゃがみ込んだミルモが居た。

「ア……アイガー、ダメじゃない~」

 あたしの芝居、わざとらしくないだろうか?

「あ……」

 その声に刹那に消えるミルモの笑顔。気付いたあたしは近付きながら、緊張で高鳴る胸の音を聞いた。

「この犬……あんたの?」

 あ、あんたのって言われた……あんたのって~完全に警戒されている証拠だ……。

「ご、ごめんねっ、勝手に……急に走り出しちゃって此処に入るのが見えたから……」

 慌てて取り繕う笑みを顔の表面に乗せたけれど、立ち上がるその威圧的な態度に、一瞬血の気が引きそうになった。

「別に。ドロボウだなんて思わないから大丈夫よ。どうせこんな所、盗む物もないんだし。……それとも『人身売買』にでも来たの? この間も一人減ったのよ。あんたもアタシを売ってお金にしたいの?」
「そ、そんなっ」

 まだまだ身丈の短い痩せた身体に、バサバサの薄茶色い髪。顔は(すす)けたみたいに所々汚れていて、それでも瞳だけは生命力を(たた)えるように、ギラギラと光って見えた。ちゃんと身綺麗にしたらとても可愛らしい子だろうに……姿も言葉もささくれている。

「ごめんね、本当にこの子を探しに来ただけなのよ。えと……大丈夫だった? この子、子供が大好きだから」

 ミルモの隣でアイガーは、依然尻尾を振って遊びたいのだと主張していた。少しだけだったけど、アイガーにじゃれつかれて六歳らしい素振りを見せたのだ。この子はきっと笑顔を忘れていない。あたしはそう思った。


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