◆ラヴェンダー・ジュエルの瞳

[60]佳日

 キスって、キスって……あの初めて逢った時のように!?

 驚きの口元は開かれているのに何も発しなかった。ううん、発せなかったんだ。だって……ラヴェルはあたしに恋してるって言ったけれど、あたしは未だ何も彼に返せていない。答えられていない。そんな今……口づけを承諾出来る筈もなかった。

「……頬に、でいいから。やり遂げたご褒美に」

 その追加で、止まった時が動き出した。そ、そうだよね……それなら──。

「そっ、それくらいなら……構わないけど……」

 彼の掌から逃れるように、もう一度俯いて何とか答えた。……ん? でもご褒美なら、あたしがラヴェルの頬にしてあげるんじゃないの? それじゃあ褒美をもらうのはあたしにならないのかな??

「ありがとう。これから夕食までまた訓練を頑張るよ。ユーシィはもう少し休んでて」
「う、うん……」

 改めて背を向けようとしたラヴェルの右眼が、今度はあたしの部屋の何かを捉えたらしい。去っていく筈の横顔が、フッと笑みを(たた)えて立ち止まった。

「買ってきたの? 髪染め」

 ああ……その話か。ピンク色の小さな紙箱が、買い物袋から覗いていた。

「うん。でも今はやらないって決めたの。あたしも全てが終わった時のご褒美にね」
「そう……あの髪色が見られないのは残念だけど。先に嬉しいことが待っていると思えば、お互い励みになるね」

 励み──それってあたしの頬にキスすることを言ってるの??

 あたしはとうとう三度目の俯きで、上気した顔を戻せなくなってしまった。そんな小さなことが、彼の励みになると言うのだろうか? 彼は……。

 ラヴェルは……そう言いながら、それ以上のことは望んでいないような気がした。以前『スティ』に告げた『触れる資格がないから』? いや……それとも──



 ──あの髪色が見られないのは残念だけど。



 まさかそれ……永遠に、って意味ではないわよね? ウェスティとの闘いに、死を覚悟しての発言なんかじゃ、ないよね??


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