◆ラヴェンダー・ジュエルの瞳
「……口づけても、良い?」

 ──どうしてそんなに辛そうな顔をするの?

 そう問いたかったが、開かれた唇から音声は出てこなかった。が、やがて──。

「ダ……メ」

 やっと一言、拒絶の意志が現れる。

 思春期を迎え、彼を異性として意識し出してからのこの五年、彼女が許したのは頬へのキスだけだった。こんな若い時分に一生を共にする伴侶など選べる訳もない……きっと彼でさえも。幼な心に冷めた大人のような心が、彼女に戒めをもたらしていた。そして何故だか感じてしまうのだ。自分はこの人の傍にずっとは居られないのではないかと、「お妃」と呼ばれる日は永遠に来ないのではないかと──

「ティーナは……私のことを、愛していないと?」

 身を起こし、彼の檻から逃れた少女の背に、切なる問い掛けが投げられた。その哀しい声音に歩みを止めた彼女は、弾かれたように振り返る。其処には──(ひざまず)き、潤んだラヴェンダー色の瞳で見上げるウェスティの姿があった。

「スティ……そんなこと、ある訳ないわ。でも──」
「我が愛しのタランティーナ」

 彼は彼女の台詞を遮った。

 ──スティ?

「君が推測した通り、十日後私は王位を継承する。そして数日の内には発表したい。貴女を王妃に迎えることを」
「え?」

 真剣な表情から放たれた言葉の意味は、すぐには理解出来なかった。硬直した右手がウェスティのそれに捕まえられる。温かくしなやかな指、まるで彼の熱情が伝わったかのように、彼女の指先も熱を帯びた。

「受けて……くださいますね?」
「……」

 タランティーナが「はい」と頷かない限り、ウェスティは一生その手を離しもせず、立てた膝も戻しそうになく思われた。

 もちろん此処までの人生の殆どを、捧げてきたような相手なのだ。このまま一生を添い遂げたい……けれどそれは本当に叶うのだろうか? この不穏な予感はいつか払拭(ふっしょく)される……?


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