◆ラヴェンダー・ジュエルの瞳
 それからしばらくツパイを東のバルコニーで待たせ、王は単身西壁にある小さな扉に消えていった。

 隣室に待たせている侍女にでも、調理の依頼をしているのかと思いきや、十五分経っても帰ってくる気配はない。何か良からぬ事態でも起きたのではと不安が募り、思い立って腰を上げた時、自身でトレイを運ぶ王の姿が現れた。

「あれ? ごめん、待ちくたびれちゃった?」
「い、いえ! とんでもございません。ですが王自らお運びになられるとは……どうぞ、わたくしが致しますのでっ」

 ツパイは慌てて駆け寄り手を差し伸べた。が、

「自分で作った物くらい自分で運ぶよ。大体君はお客様なのだし。それにその小さい身体で運ばれたら、むしろ心配で見ていられない」
「あ……」

 王は掲げられた手から逃げるようトレイを持ち上げ、意気揚々とバルコニーに向かってしまった。

 唖然として立ち尽くしたツパイは刹那我に返り、自分も静々と席に戻った。確かに王よりずっと年上でありながら、肉体は時を止め、未だ十歳にも満たない容姿なのだ。けれどまさか王たる者が「自分で作った物」を振る舞われるとは──。

「我ながら結構良い出来だとは思うのだけど。……さ、遠慮なく召し上がれ?」
「は、はい。戴きます」

 目の前に供された彩りの美しいデザートからは、焼き立ての小麦と甘い果実の良い匂いがした。

 思えば王家の血を持ちながら、義眼師の家庭で育つという異色の経歴を持つ王であるのだから、この気さくな雰囲気も不思議なことでもないかも知れない。だがあくまでもマイペースを貫くその調子に、ツパイは少々戸惑っていた。特に王の周辺で起きた鮮烈な過去を辿るものなら、もっと屈折した性格に成長していても、いや、そう成長してしまった方がきっと自然であるに違いない。


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