◆ラヴェンダー・ジュエルの瞳
【Prelude to 『Ash or Rukh』】~続編に続くひとひらの物語~

[α] *

◆旅を終えて七年後、タラ三十四歳の初夏◆





 南フランス、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏の首府──マルセイユ。

 地中海リヨン湾を臨むこのフランス最大の港湾都市に、タラが降り立ったのはもう六日前の夕暮れのことだ。

 旅慣れた彼女は港に近い手頃な宿を見つけ、「商売」の出来るシーサイドの広場もすぐに探し当てた。翌朝からその一角にスペースを借り、順調に一日数件から十数件の仕事をこなしている。

 この日もドライな空気の中を、潮の香りを含んだ風の通り抜ける木々の下、大きなパラソルで強い陽をよけて、自分の「店」を開いていた。

 白っぽいキューブ煉瓦の敷き詰められた広場は楕円形で、その長手の両端に公園を抜ける通りが続いている。気温の高くなり始めたこの時期、観光客を狙ったジェラート屋や、フランスパンのサンドイッチ屋台、貝で作ったアクセサリー・ショップ、水晶を使う占い師など、タラの他にも沢山の出店が並び、カラフルなパラソルの(もと)には結構なお客の山が出来ていた。

「メルシー ボクー」

 タラはテーブルに広げたカードをまとめながら、二十代半ばといった女性の笑顔にお礼を言った。どうやら彼女の「結果」は満足の行くものだったらしい。嬉しそうに帰るその後ろ姿に手を振り、真ん前のカフェ・スタンドでちょっと一息でも入れようかと、鞄を手に取ったその時だった。


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