モルモットのススメ
 ささやかな反抗として僕はガラス越しのアロハシャツを睨みつけて沈黙した。すると自動扉が開いて警備員の一人が重たい足取りで入室してくる。その手には一丁のハンドガンが握られていた。

「君の網膜と虹彩をスクランブルエッグにすることは簡単だとは思わないかいモルモットくん」

 こめかみに突きつけられた物を見る勇気は僕にはなかった。

「あ、あぁ……はじめまして」

 冷や汗を流しながらたどたどしい日本語で挨拶をする。しかし返事は帰ってこない。それどころか、マネキンは自らの身体を抱き抱えて震え出した。本当に、そうしたいのはこちらの方なのだけれども。

「続けて続けて」

 それから促されるままにいくつかの質問をマネキンに投げかけてみた。あなたの名前は? 好きな物は? ここで何してるの? なんだか軟派してるみたいで僕の言葉はどこかぎこちない。しかしそのどれにもマネキンは返答することはなかった。

「君は、もしかして喋れなかったりする? あ、もしそうだったらごめん。悪気はないんだ」

 喋らないマネキンとこめかみの銃口からくる苛立ちと焦りから、わかりやすい失言をしてしまい反射的に配慮へと思考が切り替わる。その失言がきっかけだったかどうかは定かではないが、それまでだんまりだったマネキンの震えがぴたりと止まり、次いでのっぺりとしたマネキンの顔に唇が浮き上がりけたたましいまでの絶叫が響き渡った。

「うっ」

 咄嗟に両耳を塞ぐことが辛うじてできたが、僕に銃口を向けていた警備員の方は間に合わなかったらしい。文字通り鼓膜をつんざくような絶叫は警備員の両耳から血と脳症を撒き散らしながらマリオネットの糸を断ち切ったように力なく地に伏せさせた。
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