モルモットのススメ
 沈静処理。プロトコル発令。無機質な機械音がそう告げるなり室内の換気口から赤黒いガスが室内に流れ込んでくる。残念なことに僕の手は二本しかない。片手を耳から外して足元でびくびくと痙攣する警備員のようになるか、この訳のわからないガスを吸ってみるか。

 僕は結局のところ後者を選んだ。選びたくて選んだわけではない。ただの消去法。少しでも両耳から手を離せば床に転がった彼のようになるのは確実だ。あの赤黒いガスを吸って似たような状態にならない保証もないが、少なくともこのマネキンもガスの影響は受けるはずだ。

 ここで僕がこの場から生き残ることができる可能性はざっくり分け二つだ。

 一つ。あのガスは(睡眠か催涙か致死性のあるものかは知らないが)マネキンにしか効かず僕は助かる。二つ。ガスは僕にもマネキンにも効力を果たすが致死性はなく、室内の危険性が失われてから早急に然るべき処置を僕が受けられる。

 その結果は僕が意識を失ってから三時間後になって二つ目だったと身をもって知ることになるのだが、それを実感する過程で嘔吐した回数は八回。そんな最悪な目に合ってからでも、生きててよかったと思う自分に若干のチグハグを感じながら九回目の嘔吐をして再び意識は霧散した。

 
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