僕らは運命の意味を探していた。
そろそろ最後の階段を昇りきる頃である。運命と対峙する時間が近づいて来たのだ。
「開いてる……。じゃあ、行くよ。」
僕を先導として、三人は恐る恐る扉から屋上に出た。
夕焼け空。そのオレンジに染まった空の下に、校舎の屋上から見える景色を一人眺める男がいた。
「いいだろう、この景色。私はこの景色を、この上なく愛しているんだ。」
そいつは独り言のように、雄大な景色に向かってそう言った。
「黒いのが消えていく……。」
長い間、そいつの周りを取り囲んでいた黒い靄が消え去っていく。そして正体が露わになった。
僕はゲームマスターを見ながら言った。
いいや、今はこう言った方がいいのかもしれない。
「一岡龍次。お前がマスターだったんだな……。」
僕がそう言うと、黒い霧が取っ払われた一岡は、振り返り、僕らを見るや否や手を叩いて言った。
「いやはや……。君には脱帽だよ。よくぞここまでたどり着いたね。」
一岡は、言葉では負けを認めたように言った。
しかし、そんな彼からは、どこか余裕な表情が垣間見えた。
それがやけに不気味で、体に寒気が走った。
「真道君、早速だけど、君がたどり着いた、『真実』を教えてくれないか。」
恐らく一岡が求めているのは、答え合わせ的なやつだろう。恐らく応じる他ない。
「分かった。とりあえず、前に言ったことも含めて、全部言うよ。」
そして僕は語りだした。自分が掴んだ全ての真実を余すところなく、一岡に説明した。
「ここは、昔僕ら四人が住んでいた村。十六夜村、だよな。」
「ああ。私が六歳まで住んでいた、故郷だ。」
とりあえず、僕は思い出した事、事実などを先に述べておくことにした。
「そして日記にあった通り、中学、高校と一岡はいじめられていた。そして自殺を決意する。ここにいる紗南と俊也、そして友花とあの金持ち息子が、特にひどかった。だからここに連れて来た。こんな所か?」
表面上の全ての概要を話すと、ざっとこんな感じになるのではないだろうか。
「ああ。その通りだ。不足部分は多少あるが、まあ大体そんなもんだ。」
一岡は納得のいった顔をした。僕はそんな顔を見て、少し安堵したような感覚を持った。
一岡は僕から視線を外すと、僕の後ろに立つ二人に視線を向けた。
「どんな気分だ? 自分たちが殺した人間の前に立つ気分は。」
二人は何も言わず、ただ一岡の顔を見ていた。
「三年間、死ぬほど辛かった。殴られ蹴られ、罵倒の嵐を浴びせられ。毎日毎日、それの繰り返し。いくら頼んだって止めてはくれなかったよ。」
やはり、二人は何の反論もせず、ずっと一岡の話を聞いていた。
「ある日、お父さんに相談した。いじめられてるんだ、とね。そしたら、お父さんは青ざめた顔をして、どこかに走っていったんだ。……それから、帰ってはこなかった。」
一岡には当時の記憶が鮮明に残っていて、憎しみの感情は発散されずに溜まり続けたのだろう。
もしかすると、今が一番恨みの感情が強いのかもしれない。僕はそう思った。
二人は初めて一岡から顔を逸らした。耐えきれない領域に達したからなのだろう。そのまま二人は俯きながら話を聞いていた。
「私には、お父さんが、何でそうなったのか分からなかったよ。親戚も、母さんすらも教えてはくれなかった。」
教えてくれなかった訳じゃない。教えられなかったのだと思う。
一岡のお父さんと会ったことは無いけれど、紗南と司令官の話から、かなりの人格者だったらしい。
会社の愚痴すらも話さない人だから、一岡のお父さんがどんな苦しみを抱えていたのか、誰も知らないままなのだろう。
そして、真実は闇の中に葬られてしまった。遺書も無かったそうだから、お父さんの気持ちは誰の耳にも届くこともなかった。
だからお父さんが自分で、墓場まで持っていく形となってしまった。
「それが、中学三年の冬くらい。でもそこからは、いじめも無くなって、開放的な日々が続いた。逆に三人がいじめの対象になった事を聞いて、自業自得だって思ったよ。清々しい気分だったしね。」
一岡は、二人に向けて嘲笑を浮かべ、あの頃の仕返しをするかのような態度をとっていた。
「高校に上がり、敦とは別の高校になって、でも仲の良い友達も出来て、充実した日々を送っていたよ。」
「で、そこに現れたのが。あの金持ち息子だと……。」
「ああ。あのクズ野郎は、気に食わない私を目の敵にして、金で釣った同級生を使って、攻撃を仕掛けてきたんだ。」
どうやら一岡の苛立ちが沸点を超えたようで、声色に怒りの色が混じっていた。
「あいつ、自分じゃ何も出来ない癖に、親の権力ばかり使って、人を操って‼ 気に入らない人間は、気の済むまでいじめて‼」
一岡はフェンスを繰り返し蹴飛ばしながら、自身が抱えるイライラをぶつけていた。
その滑稽な姿を三人は、ひたすらに傍観していた。
「私は、そいつに言ってやったんだよ。調子乗んなって。そしたら次の日、私と仲の良かった友達までを金で釣ったんだ。裏切られたんだ。……あいつらは私より、金を選んだ。」
一岡は、金持ち息子に対抗した結果、金持ち息子は逆上していじめる算段を立てた。
僕から見ても、そいつはどうしようもない屑だと思う。正論を投げかけられて、逆切れを起こす彼を、絵に描いたような我が儘息子だと、俺は思った。
正論をぶつけられて、苛立ちを覚えた人の大概は、そこを押さえて人を傷つけないように事を運ぶ。
それが僕らの間では常識だと思われているのだろう。
ところが、その金持ち息子は本能のまま故意に心を痛めつけたのだ。
「また、中学時代に逆戻り。周りには一人も味方がいなくて、金で釣られた人間ばかりが私を囲んでいた。」
僕らはその絶望的風景を想像してしまった。考えるだけでも身震いが生じてきた。
「その一か月後、敦が死んだ。」
もう言い返す言葉も無いくらい、理不尽の連続が、一岡に降り注いでいた。
運命というものはやはり残酷だった。
「私は、そこで自殺を決意し、数週間後に決行した。」
「開いてる……。じゃあ、行くよ。」
僕を先導として、三人は恐る恐る扉から屋上に出た。
夕焼け空。そのオレンジに染まった空の下に、校舎の屋上から見える景色を一人眺める男がいた。
「いいだろう、この景色。私はこの景色を、この上なく愛しているんだ。」
そいつは独り言のように、雄大な景色に向かってそう言った。
「黒いのが消えていく……。」
長い間、そいつの周りを取り囲んでいた黒い靄が消え去っていく。そして正体が露わになった。
僕はゲームマスターを見ながら言った。
いいや、今はこう言った方がいいのかもしれない。
「一岡龍次。お前がマスターだったんだな……。」
僕がそう言うと、黒い霧が取っ払われた一岡は、振り返り、僕らを見るや否や手を叩いて言った。
「いやはや……。君には脱帽だよ。よくぞここまでたどり着いたね。」
一岡は、言葉では負けを認めたように言った。
しかし、そんな彼からは、どこか余裕な表情が垣間見えた。
それがやけに不気味で、体に寒気が走った。
「真道君、早速だけど、君がたどり着いた、『真実』を教えてくれないか。」
恐らく一岡が求めているのは、答え合わせ的なやつだろう。恐らく応じる他ない。
「分かった。とりあえず、前に言ったことも含めて、全部言うよ。」
そして僕は語りだした。自分が掴んだ全ての真実を余すところなく、一岡に説明した。
「ここは、昔僕ら四人が住んでいた村。十六夜村、だよな。」
「ああ。私が六歳まで住んでいた、故郷だ。」
とりあえず、僕は思い出した事、事実などを先に述べておくことにした。
「そして日記にあった通り、中学、高校と一岡はいじめられていた。そして自殺を決意する。ここにいる紗南と俊也、そして友花とあの金持ち息子が、特にひどかった。だからここに連れて来た。こんな所か?」
表面上の全ての概要を話すと、ざっとこんな感じになるのではないだろうか。
「ああ。その通りだ。不足部分は多少あるが、まあ大体そんなもんだ。」
一岡は納得のいった顔をした。僕はそんな顔を見て、少し安堵したような感覚を持った。
一岡は僕から視線を外すと、僕の後ろに立つ二人に視線を向けた。
「どんな気分だ? 自分たちが殺した人間の前に立つ気分は。」
二人は何も言わず、ただ一岡の顔を見ていた。
「三年間、死ぬほど辛かった。殴られ蹴られ、罵倒の嵐を浴びせられ。毎日毎日、それの繰り返し。いくら頼んだって止めてはくれなかったよ。」
やはり、二人は何の反論もせず、ずっと一岡の話を聞いていた。
「ある日、お父さんに相談した。いじめられてるんだ、とね。そしたら、お父さんは青ざめた顔をして、どこかに走っていったんだ。……それから、帰ってはこなかった。」
一岡には当時の記憶が鮮明に残っていて、憎しみの感情は発散されずに溜まり続けたのだろう。
もしかすると、今が一番恨みの感情が強いのかもしれない。僕はそう思った。
二人は初めて一岡から顔を逸らした。耐えきれない領域に達したからなのだろう。そのまま二人は俯きながら話を聞いていた。
「私には、お父さんが、何でそうなったのか分からなかったよ。親戚も、母さんすらも教えてはくれなかった。」
教えてくれなかった訳じゃない。教えられなかったのだと思う。
一岡のお父さんと会ったことは無いけれど、紗南と司令官の話から、かなりの人格者だったらしい。
会社の愚痴すらも話さない人だから、一岡のお父さんがどんな苦しみを抱えていたのか、誰も知らないままなのだろう。
そして、真実は闇の中に葬られてしまった。遺書も無かったそうだから、お父さんの気持ちは誰の耳にも届くこともなかった。
だからお父さんが自分で、墓場まで持っていく形となってしまった。
「それが、中学三年の冬くらい。でもそこからは、いじめも無くなって、開放的な日々が続いた。逆に三人がいじめの対象になった事を聞いて、自業自得だって思ったよ。清々しい気分だったしね。」
一岡は、二人に向けて嘲笑を浮かべ、あの頃の仕返しをするかのような態度をとっていた。
「高校に上がり、敦とは別の高校になって、でも仲の良い友達も出来て、充実した日々を送っていたよ。」
「で、そこに現れたのが。あの金持ち息子だと……。」
「ああ。あのクズ野郎は、気に食わない私を目の敵にして、金で釣った同級生を使って、攻撃を仕掛けてきたんだ。」
どうやら一岡の苛立ちが沸点を超えたようで、声色に怒りの色が混じっていた。
「あいつ、自分じゃ何も出来ない癖に、親の権力ばかり使って、人を操って‼ 気に入らない人間は、気の済むまでいじめて‼」
一岡はフェンスを繰り返し蹴飛ばしながら、自身が抱えるイライラをぶつけていた。
その滑稽な姿を三人は、ひたすらに傍観していた。
「私は、そいつに言ってやったんだよ。調子乗んなって。そしたら次の日、私と仲の良かった友達までを金で釣ったんだ。裏切られたんだ。……あいつらは私より、金を選んだ。」
一岡は、金持ち息子に対抗した結果、金持ち息子は逆上していじめる算段を立てた。
僕から見ても、そいつはどうしようもない屑だと思う。正論を投げかけられて、逆切れを起こす彼を、絵に描いたような我が儘息子だと、俺は思った。
正論をぶつけられて、苛立ちを覚えた人の大概は、そこを押さえて人を傷つけないように事を運ぶ。
それが僕らの間では常識だと思われているのだろう。
ところが、その金持ち息子は本能のまま故意に心を痛めつけたのだ。
「また、中学時代に逆戻り。周りには一人も味方がいなくて、金で釣られた人間ばかりが私を囲んでいた。」
僕らはその絶望的風景を想像してしまった。考えるだけでも身震いが生じてきた。
「その一か月後、敦が死んだ。」
もう言い返す言葉も無いくらい、理不尽の連続が、一岡に降り注いでいた。
運命というものはやはり残酷だった。
「私は、そこで自殺を決意し、数週間後に決行した。」