僕らは運命の意味を探していた。
 しかし、この人のお陰で一気に現実味が増して、実現を引き寄せた。

「なに、息子の命の恩人だからね。これくらいはさせてもらうよ。」

 院長先生が言う『これくらい』とは、一泊二日の宿代、食事代、交通費等々の事を指す。

 俺は医者という職業が、どれほど夢が詰まったものなのかが、よく分かった。

 しかし、いくらお金を持っているからと言っても、それら全て負担してくれる院長先生の器の大きさは、尊敬に値すると俺は思った。

「本当にありがとうございます。俺たちの無茶なお願いを呑んでもらって。しかも、ほとんどない休日に。」

 俺は運転席に座る院長先生に、改めてお礼を言った。

 院長先生はその返答を、溜息混じりに言った。

「いいんだよ。そんなに畏まらなくて。はあ……。息子が、君たちのような好青年だったら、良かったんだけどな……。」

「失礼ですけど、そんなに態度悪いんですか?」

 俺は遠慮なく聞いた。

「そうなんだよ。金遣いが荒くて、すぐにお金をせびってくるんだ。しかも全く勉強もしないくせに、いっちょ前に家業を継ぐなんて言ってるんだよ。どうせ学校でも周りに失礼な事ばかり言っていると思うと、私はどうしていけばいいか……。」

「一人暮らしさせて、バイトさせればいいんじゃないすか? そうすれば、お金のありがたみも、少しは分かると思うんすけどね。」

 恐らく、その息子とやらは、社会を知らないせいで、横柄な態度をとっているのだろう。

 彼のような子は、生まれた時から敬われる立場にいて、誰も強くは叱ってくれない。

 だから非常識な大人に育ちやすくなるのだ。

 よくアニメとかで見る、習い事を沢山させるのも、一つの社会勉強。俺はそう思っていた。

 学校では、コミュニケーションの仕方は教えてくれない。

 持っていて当たり前で、能力が無ければすぐ切り捨てられてしまう。

 学校は学ぶ場ではなく、能力を発揮する場なのだ。

 イメージとして金持ちは、色んな偉いさんの子供と接する機会が多い。

 でも、そこでは一般的な人が通う学校での会話スキルが身に付くのではなく、上流階級の立ち振る舞いの能力が身に付くだけ。

 だから、金持ちというのは人付き合いの中で不利に働く場合が多い。

 僕は偏見に似た考えを持っていた。

「でも。息子が了承するか……。」

「院長先生が、本当に息子に一人立ちさせたいという気持ちがあるのなら、突き放してみるのも一つの手じゃないんすかね? 何も、甘えさせるばかりが教育じゃない。少し自分で考える事をさせないと。」

 俺は一丁前にそう言った。

「君には、教育者としての才能があるんじゃないか。教育関係の仕事に着けば、成功するんじゃないかな。」

 運転席に座る恰幅の良いおじさんは、視線を前に送りながらも、俺にそんな事を言った。

「俺に才能があるかどうか分からないすけど、俺より面倒見が良くて洞察力の凄いやつなら知ってます。春原真道って奴なんすけど。あいつ、人のためだったら自分も犠牲に出来る、凄い奴なんすよ。」

「真道君はそんなに凄い人なのかね。」

「はい。不器用だし、論理的であんまりボケないし、全く羽目も外さないし真面目だけど、自然に周りを見ていて、友達を大事にして、頭の回転も速くて。人間だから悪いところももちろんあるけど、そんなの気にならないくらい、良いやつなんです。」

 だから俺は早く目覚めて欲しいし、言葉を交わしたくて仕方がなかった。

 どれだけ時間を要しても構わない。

 ただ元気な姿で俺らの前に現れてくれれば、何の問題も無かった。

 
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