僕らは運命の意味を探していた。
 口に出して言えないけど、一岡はもう手遅れだ。

 既に自分から命を絶ったのだから、戻る権利は持ち合わせていない。

 しかも六人分の命を奪った、殺人犯だ。いくら自分に納得いかない事があっても、人を殺める事の愚かさを知って欲しい。

 それと同時に、僕はアツに対しての過ちを反省しなければならないと、改めて感じた。

 それからは、無言の時間が続いた。どちらも話すことが無くなったからか、気まずい時間が流れていた。

 雰囲気に耐えられなくなった僕は、そろそろお暇しようと歩き出そうとした。

 その時、唐突に一岡が話し始めた。

「私はね、いじめられていた時に、日記を書いてたんだよ。君たちが証拠として集めていた物の正体なんだけどね。……まあ、君には分かっていた事か。」

「ああ。それは分かってたよ。いじめられていた間に、気持ちを書き綴っていたんだってね。」

「気持ちを書き綴っていたか…………。それは、ちょっと違うね。」

 一岡は首を横に振った。

「私はね、気持ちを書き殴ったのだよ。君たちが見たのは、経過を書き記した部分だけだから、わからないのも無理はないけど、あの前後にはね、もっと過激な部分があるんだよ。」

 一岡の言葉を受けて、僕がその部分を見たくなったかと言われれば、全くそんなことは無かった。

「まあ、そうだろうね。率先して見たいなんて言う人は、中々いないと思うよ」


「あんな感情のゴミ捨て場をね。」


 一岡は少し寂しげな表情を浮かべた。
 
 もしかしたらあの頃を思い出して、感傷に浸っているのかもしれない。僕はそう思った。

 それから一岡は、自分の過去を語り始めた。弱弱しい声で、一つ一つを丁寧に話していた。

 一岡の昔話は、二十枚の紙きれに沿った形で進んでいった。序盤の司令官や紗南がいじめたシーンは、まさに日記の通りだった。

「中三の夏ごろに、唐突にいじめが終わったんだよ。前に君から、紗南と俊也が私のお父さんを傷つけるためだったと聞いて、初めて納得できたんだ。」

 聞けば、お父さんの自殺が発覚した翌日から、ぱたりといじめは無くなったらしい。

 まるで台風が過ぎた後の、快晴のように清々しい気分だったという。

 司令官と紗南、そして友花はと言うと、逆にいじめの対象にされて、肩身の狭い思いをしていたそうだ。

 元々司令官と紗南の二人で始めたいじめに、どうしてか友花が参加して、初期は三人でいじめていたそうだ。

 勿論周りは、そんな非情な行動をする三人を止めようと、あらゆる策を講じたが全てが無意味に終わった。

 『一岡いじめ』が学年規模にまで発展した、その決定的となった出来事があった。

 中一の一学期の終盤。十名の男女が三人を校舎裏に呼び出して、実力行使を図ろうとした。

 放課後にそれは決行されたが、見事に惨敗。

 観客も大勢いたから、この事件は皆の脳裏に深く刻まれた。

 それからは、三人に従うものが次から次へと現れた。

 反抗すれば、病院送りになるかもしれないという恐怖心が、同学年の生徒たちを震え上がらせた。

 そして組織化されたいじめグループは、『反抗する人』と『一岡龍次』を標的にして、いじめを開始した。

 中三の夏ごろ、突如としてリーダーであった俊也は、解散の命令を出し、司令官は『もういじめることは無い』と高らかに宣言した。
 
 それが契機となって、三人に対するやり返しが始まったのだ。

 決して暴行も、罵声も上げることは無く、ひたすらに白けた目線を向け、無視を貫いたのだ。

「私はね、やり返されてる三人を見て、気持ちが良かったよ。自業自得だと心の底から思ったね。」

 一岡は笑いながらそう言ったが、僕にはそうすることが出来なかった。

 だから、僕は話を急変させた。

「あの日記って、何で始めたんだよ。」

「……辛かったから。私のフラストレーションを、全部ぶちまけてたんだよ。」

 そう言えば一岡が、さっき会話の中で『感情のゴミ溜め』と言っていた。

 僕はその言葉の意味を、少しだけ理解できたような気がした。

 今でこそゴミだと、自分の感情を卑下できるけれど、それは正真正銘一岡自身の本音だった。

 再び、一岡の昔話が再開した。やはり日記に沿った内容で、僕は半分くらいを聞き流していた。

 
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