僕らは運命の意味を探していた。
出会い
「んっ……。んー……。」
目を開くと同時に眩いばかりの光が目に入った。昨晩、カーテン開けたまま寝たからだろう。しかし、それにしては異常な気がする。僕が光を意識すればするほど、鬱陶しさは増していった。
寝ぼけた感覚のまま、いつものように起き上がると、手をついた感覚に違和感を覚えた。
あれ、床が硬い。確かベッドで寝ていたはずなのに、どうしたんだ?
アサリのように目を半開きにして、覚束ない意識の中、目線を下にやると、全く身に覚えのない場所に自分がいることに気がついた。
舗装もされていない乾いた土の上、そこに僕は一人強い光に当たりながら、座り込んでいた。
おもむろに辺りを見回す。田んぼや畑だけで、その光景は地平線の彼方まで続いている。そののどかな雰囲気が混乱した気持ちを、少し和らげているような気がした。
何がどうなってここにいるんだ? 僕は確かにあそこで寝ていたはず。それでその前は、えーっと……。
どうしてか何も記憶が無い。どうやら、記憶にモヤがかかっているようだった。
自分の名前や身近にいた人の名前が薄っすらと残っている。
しかし、大事な記憶が何もかも抜け落ちてしまっていた。しかも無理に引っ張り出そうとすれば、何か硬いものにぶつけた時のような激痛が、頭を駆け抜けていていくようだった。
自分の身に、一体何が起きているのだろうか。さっきまで僕は、間違いなく屋内にいた。
見覚えのある内装に使い古したリュックや参考書、ゲームにスマホがあったはず。それがなんだって、こんな所に……。
いろいろ考えを巡らせたが、まずは行動しなければ何も始まらない。とりあえず立ち上がり何か手がかりを探す事にした。
初めに視界に入ったのは、木造の三階建ての建物だった。
僕が目覚めた大きな道路に隣接し、フェンスに囲まれ、所々に綻びが見られる。僕が目覚めた道路に隣接し、フェンスに囲まれていて、所々に綻びが見られるそれは、自分が主役であるかのように堂々と鎮座していた。
二宮金次郎像が倒れているところから見ると、やはり旧校舎なのだろう。
一度、表に回ってみる。やはり思った通りだった。錆びついた鉄棒や穴の空いたタイヤなど、いかにもの用具があちらこちらに見受けられた。
とりあえず、中に入ってみよう。手掛かりは多い方が良いに決まっているからな。
校庭を抜けて、昇降口をくぐる。あちこちに蜘蛛の巣があって、埃っぽい空気が充満していた。埃が苦手な僕には少々苦しい場所だが、今はそんなしょうもない敵と対峙している場合ではなかった。
「ん? 綺麗になっているところがあるな……。」
昇降口らしき所から廊下を伝い移動する中で、不自然に埃が無くなっている箇所がいくつもあった。なぜか不等間隔に埃が無くなっている。どうやらここに何かがあるようだ。
様々な不自然極まりない痕跡を眺める間、徐々に胸の底から湧き上がってくる感触があった。煮えたぎるマグマのような熱い何かが胸の中に溜まっていく。そして次の瞬間僕は、自分の知る由もなかった真実に向かって無意識的に駆け出していた。
「どうするよ、これから。」
声がする。
左側に立ち並ぶ教室の一番奥から、低い男性の声が。そしてそれに反応する数人の男女の声。そこには様々な色が入っていて意見も割れているようだ。
否定的な青い意見、情熱の赤い意見、人任せのグレーな意見、和む雰囲気の緑の意見。そして意見を出さずにまとめる一人の男性。聞いている情報から察すると、今後の動きについて意見が割れているようだ。
「どうするって……、無理だよ俺らには……。」
弱々しい男の声。
「無理って、何はなから諦めてんの?」
気の強そうな女の声。
「そうだよ。どうにか出来る事はきっとあるって。」
どこか聞き覚えのある女の声。
「うーん……、何とも言えないけど、まずは情報収集からだよね。」
冷静に分析する声。
こうもバランス良くタイプが別れるとは何かあるのだろう。人為的な出来事な匂いが増してきて、不安感が比例する様に大きくなっていった。
しかし五人で上手く話が回っているようで、僕は声のする教室で気配を消し端の方で壁にもたれていた。別に僕が参加しなくても話はまとまるだろうし、逆に下手に出しゃばると混乱を招く恐れもある。ここは黙っておくのが最適な気がした。
「えっ……。マー君、マー君なの?」
驚いたような声色で僕の名前を呼ぶ人がいる。しかもその呼び方に聞き覚えがあった。
「あき、か? 何でここにお前が……。」
透き通るように綺麗な黒い長髪に、凛とした大きな目、肌も白くてスタイルもいい、おまけに勉強までできると来た。
唯一の欠点は運動神経で、体育の成績だけはいつも壊滅的だった。
そんな僕の幼馴染の名は櫻子あき。偶然か必然か、僕らは幼稚園の頃からの付き合いだ。別段記憶に深く刻まれるような出来事があった訳でもないし、特別な関係にも勿論発展してこなかった。正真正銘の幼馴染という訳だ。
「マー君こそ、なんでここに?」
僕は事の顛末を話した、包み隠さず全て。当然のように彼女も同じだった。僕と違ったらどうしようかと肝を冷やしたが、そんな心配は不要だった。笑顔で『同じだね。』なんてお気楽な様子で話していたから、どこか安堵感を覚えた。
「お前もか、ここに連れてこられたのは。」
中心で話をまわす男子に話を振られた。茶髪で遊んだヘアスタイルにきりっとした眉毛が特徴で、それでいて目は一般的なサイズ。状況が状況だから険しい表情を浮かべているが、世間ではもてはやされる対象になるタイプの男子だと思う。
「ああ。僕は春原真道。よろしく。」
僕は右手を出して自己紹介をした。
「そんな、馴れ合いをしてる場合かよ。早くこんな所から、おさらばするために作戦立てるぞ。」
パンッ。
僕の右手は儚くも、彼によって弾かれてしまった。妥当な事を言っている分、何も言い返せないのが悔しかった。少しくらい付き合ってくれてくれてもいいのになんて思うが、やはりそれどころじゃないのが現実だった。
「六人か……。新入り、お前はどう行動するべきだと思う?」
新入りって……ああ、僕か。
「まずは情報収集だろうな。ヘタに動いて五人になるよりは、人員を守りつつ確実に脱出する方法を選択するべきだ。」
「だな。よし、まずは校舎の中からだ。隈なく探せよ。」
数刻前に彼は冷たい態度を僕に見せたが、今度はすぐさま僕の意見に乗っかった。対応の早さには恐れ入るが、彼の言動に少し戸惑ってしまった。しかしこんな態度で、全員が納得するとも思えない。早速その返答がこれだ。
「何しきってんのよ。てかさ、あたしたちの意見は無視な訳? 別にあんたの意見を聞く義理は無いんだけど。」
そこには司令官的立場の男子の真向かいで、真っ向から反論する女子がいた。肩に乗るくらいの茶髪で薄化粧を施し、穏やかな感じの目元で整った顔立ち。ギャルという種族の一員と思われるその人は、茶髪男子に真っ向から反対していた。
「じゃあ、どうするんだよ?」
僕は少し呆れた様子で聞いた。
「私は、一人で情報を集めたいから。人がいると足手まといなの。」
ったく、この状況分かって言ってんのかよ。こんな未知の場所で、何が起きるか分からない状態の中、無闇に行動したらどうなるかって、小学生でも分かるぞ・・・・・・。
そう冷めた目線を向けながら、心の中で呟いた。
「真道くんは頭がいいみたいだね。」
突然後ろから聞き覚えのない声がした。
不意の出来事だったから、体を震わせてしまった。少々恥ずかしい気持ちを抱えながら、同時にある疑問も覚えた。
どうして、僕の名を知っているんだ?
そう思った瞬間に体から変な汗が出てき
た。この妙な胸騒ぎはなんだろう。まるでこの人に全てを見透かされている様な、そんな嫌悪感が体中に巡っていた。
「誰だ、お前は。」
「私はこの世界の創造者。ゲームマスターとでも読んでくれたまえ。」
黒い、人間の形をした不気味な物体。顔のパーツも無く、人間的な要素を全体的な形以外で判別できない。どこから声を発しているのかさえも分からないから、はっきり言って気持ちが悪かった。
「早く僕らをこの世界から出せよ。」
「はははっ。それは無理な話だ。出たきゃ自分たちの力で脱出してみろ。」
大笑いするそいつに、無性に腹が立った。でも何となく想像がつく、そいつに歯向かったらどうなるか。
「ふざけんなよ、何で閉じ込められなきゃいけられねえんだよ。」
司令塔が声を上げる。憤慨という様子でゲームマスターを睨んでいた。僕はそいつの顔を見て『抵抗するな』という意味を込めて首を横に振った。
「ったく、仕方ねえな。」
「察しがいいようで。この世界は俺が仕切っている。俺が望むものは何だって叶うのさ。だから大人しくしたがっておいた方がいいぞ、死にたくなかったらな。」
僕はそいつの一言で、僕らの立ち位置を何となく把握した。
「ここはどこなんだ。」
「それは内緒だ。自分達で当ててみたまえ。まあ、当てるのは無理だろうね。」
ゲームマスターは高笑いしながら言った。僕の憤りの感情が徐々に大きくなっていく。いずれ爆弾のように我慢の限界を迎えるだろう。
しかし僕の気持ちとは裏腹に、ゲームマスターは神経を逆なでするような話を続けた。
「脱出方法を教えてくれとかほざくなよ。敵が教えてくれるのは作られた話の中だけだ。現実っていうのは甘いもんじゃねえからな。」
目がカッと見開かれて、口角は上がっている。もしゲームマスターに顔があればそんな表情を浮かべていただろう。こいつには近づいてはいけない、僕の本能がそう叫んだ気がした。
「……おっと、取り乱してすまない。とにかくだ、ここから出て行きたきゃ、自分たちで方法を見つけるんだな。」
全員が押し黙った。
その気迫に圧倒された僕らは言葉を失い、同時に感情を失っていた。全員が思考を止めてゲームマスターに耳を傾け、どこか心に訴えかけるような魔法に感情をコントロールされたようだった。
そしてただ一人を除いて僕らは足並みが揃った。
「なんでそんな事を、この社長の息子である私がやらなくちゃならないのさ。」
眼鏡をかけたワックステカテカの気弱そうな男は、弱々しくそう叫ぶと青ざめた顔つきで教室から逃げ出していった。
「あっ、おい待てよ……。」
僕はそう制止したが、時すでに遅し。絶望の言葉を何度も口にしながら、転倒を繰り返し足取り重く廊下へ走っていった。
やばい、このままじゃあいつの命はない。
別に確証があった訳ではなかった。もしかすると、僕の感覚的な考えだったのかもしれない。
僕はそう心で呟くと、正面にいたゲームマスターがおもむろに言った。
「気づいたんだね、真道くんは。」
「心を読んだのか……。」
僕が言うと、ゲームマスターは見下したように言った。
「まあね、とりあえず立場的には神と同じだから。一通りのことは出来るのさ。」
という事は、ゲームマスターへの直接攻撃は一切できないという訳だ。僕らが腹いせで手を上げても、魂胆を見透かされてゲームオーバー。逆に返り討ちに合うだろう。
そんな新たな恐怖感を抱いた僕に、ゲームマスター重ねて尋ねた。
「何で、気づいたのか教えてくれるかな。」
「あれだけ心に隙のある人間が、この残酷な世の中で生きていけるわけがない。飲み込まれるのがオチだ……。」
そして僕の目の前でそいつは、僕の予想通りの展開になっていく。
地面から突如出現した真っ黒い渦に飲み込まれて、一瞬のうちに消えていった。現れたのはおどろおどろしい『黒い手の数々』だった。
それに捕まった金持ち息子は為す術もなく、怪異的な力で引きずり込まれた。
「助けてくれよ。死にたくない……、俺は死にたくなよ。誰か……、誰かー!」
「哀れなやつだな……。」
司令塔がポツリと呟く。その端的な一言が金持ち息子の状態を上手く表せているような気がした。
その光景を目の当たりにした僕ら全員は、足がすくんで動かなかった。あれだけ息巻いていた僕自身も、膝が笑っている。死への恐怖心は全員が共通に持ち合わせているものなのだと、再確認できた。
「真道くんが言ったように、心に隙を作った人間は、一律で飲み込まれるから。あと、君たち気付いてないと思うけど・・・・・・。」
気付いてない? まだ何か仕掛けがあるのか?
不安な気持ちが大きくなっていく。もう他の感情なんか気にならない程に、膨れ上がっていた。
「時間制限があることを忘れているわけじゃないよな。」
「時間制限? 何のことだ?」
「そのままの意味だよ。君たちは、水を飲まなければ水を飲まなければ、どうなるのかな。」
「そりゃ、死ぬだろう。脱水症状とかで。」
誘導的に僕はそう返したが、僕にはこの話の先が、全く見えないでいた。
「ああ、言っておくが、君たちは現実世界の君たちじゃないから。」
「何言ってんだよ。この体は、正真正銘僕の体だ。」
そういった僕だったが、そいつの言っていることが、どこか腑に落ちている自分がいた。
「真道君もさ、心の中では分かってるようじゃないか。」
全てを見透かされている事が、僕の中の気持ち悪さが増幅させていた。
「君たちが本物の体じゃなければ、君たちの本物は他の場所にあって、それが放置されたままだとどうなる?」
血の気が引いて行くのが分かる。なぜこんな大事な議論をしなかったのか不思議なくらいの死活問題だった。
「脱水症状で死に至る……。」
呟きほどの大きさで言った。
いつかにネットの記事で目にしたことがあって、人間が水を飲まずに生きられるのは、約四日から五日らしい。それを過ぎれば脱水症状でお陀仏だそうだ。
「……くっそ。だから一人暮らしのメンバーを集めたんだ。」
「ああ。そういう事。やはり君は勘がいい。俺を楽しませてくれそうだな。」
いじめっ子とか、子供とか、そんなレベルの笑い声じゃない。狂気的で血も涙もない本息の殺人鬼の表情のようだった。
顔は判別できないが、そんな表情を浮かべてるような気がした。
「それじゃあな。せいぜい俺をドキドキさせろよ。……はははっ。」
ゲームマスターを名乗る黒い物体は一瞬にして消失した。消滅すると共に、嘲笑うかのような高笑いと、地の底に突き落とす絶望を同時に運んできた。
「おいっ、勝手に……。」
もう手遅れだった。
捕まえようと手を伸ばしても既にその姿は無く、力ない僕の声が響くばかり。周りの四人も俯いたまま口を開かず、その場の空気に飲まれているようだった。
分かっているつもりだったが、目の前で人が死んだ。名前すら知らない赤の他人で、誰一人として助けようとはしなかった。なぜかと問われれば、その場に立っているのがやっとだったから。他人の心配が出来る精神状態では無かった。
そしてその事実は、僕らの前に死への恐怖を運んできた。避けられない運命なのだと告げているようだった。
「ねえ、マー君。」
「どうした。」
不安げな面持ちで僕の肩を掴んでいる。その手は小刻みに震えて、今にも消えてしまいそうだった。
「あの子みたいに、私達もなっちゃうのかな……。」
僕は笑い続ける膝を隠して、彼女の手に被せて言った。
「大丈夫だ、僕に任せて。君を絶対に現実世界に戻すから。何としても、絶対。」
そうあきには言うが、そんな確証を持っているはずがない。一つの命が、容易に消されるようなこの世界に光なんて見えるはずも無かった。
でも、あきだけは何が何でも助け出したい。この命に代えても目的は果たすつもりだ。
「……何で、そう言い切れるの?」
そう下を向きながら言った。
不安の色が濃くなっていく。手立てがない現状で希望なんて持てる筈がなかった。でも、まだ始まったばかりなのだ。
「だって、僕らはこの世界のこと何も知らないんだよ。手立て無しと決まった訳じゃ無いんだ。まだ時間もあれば人もいる。可能性を捨てるには少々早いと思うよ。」
不確定には変わりないが、初めから死んだのも同然と考えるのは時期尚早だ。それまで足掻き倒せばいい。
そう僕は自らを鼓舞して不安感を消し去ろうと努力していた。
「確かに。やっぱり、マー君って冷静だね。」
彼女は笑みを覗かせた。無理矢理感は否めないが、その顔が見れただけでも安堵感を覚えた。
どうにかして心の底から笑顔になれる世界にあきを戻したい。僕はそう思った。
なんとなく壊れかけた雰囲気が元に戻って、僕は視線をあきから外した。すると待っていたかのように司令塔的な男子が話しかけてきた。
「お二人さんや、あのカレンダーに見覚えは?」
僕らは司令塔の指差す方を向くと、さっきまでなかったはずの印付きカレンダーが、黒板横の掲示板らしき場所に画鋲で留めてあるのを見つけた。
「カレンダー?」
「そう。八月二十日に二重丸が付いてる。」
そして彼は黒板を指さすと、右端の日付を見る。八月一日だった。
と言うことは、現地時間で二十日がタイムリミットということだろう。黒板の上に真っ白な掛け時計がある。これで容易に時間が把握できるはずだ。
「私は協力しないから。」
茶髪女子は僕らの意見が気に入らない様子で、そっぽを向いていた。
「だったら、どうするんだよ。」
「そんなの自分で決めるし。私は私の方法でこの世界から脱出するから、邪魔だけはしないでね。」
彼女は嫌味を吐き捨てて、そのまま一度も振り返る事なく、教室から出て行ってしまった。
「……ったく。なんだよあの女、感じ悪いな。」
険悪な雰囲気が徐々に広がっていく。僕も重苦しい感情を抱いていた。
何故僕が皆の協力が必要と言ったのか。それは至って単純な理由で、単独行動が危険な状態だから。
慣れない土地で地理が分からない上に、何かあった後では手遅れ。いくらガラケーを所持しているからと言っても、いつも連絡できる状況下にいるとは限らない。金持ち息子のように飲み込まれれば、それこそ手の施し方がないのだ。
「仕方ない。とりあえず二手に分かれよう。」
僕はそう提案し、僕とあき、司令塔的な男子と眼鏡女子に分かれて行動を開始した。
「何かあったら連絡してくれ。俺らも何か分かったらすぐ連絡する。んじゃ、そう言う事で。」
そう言って彼は走り出した。眼鏡女子がついていけていない様子で少々心配になるが、何とか上手くやってくれそうな気がする。
差し込む太陽光を背に駆け出す姿はまさに『青春』という漠然とした単語を具現化したように感じがした。
そして後に続いて僕らも順々に灰色の小型機を持って教室を後にする。
「私たちも行こっか。流石にここにずっといるだけなのは、気がひけるからさ。」
あきはそう言って立ち上がると、僕の手を引き、携帯を取って歩き出した。
「手引っ張るなって、ちゃんと行くから。」
呆れ顔を覗かせた僕の顔は、やがて微笑みに変わると、前にいる幼馴染みを追いかけ真実を求めて歩きだした。
この先に待つ答えは果たして何だろう。不安と若干の高揚感で胸が一杯だった。
こんな無謀な状態である程度の予想を立ててみるとするか。
まず、脱出するためには、何かしらの方法を探し出す必要がある。この理不尽なゲームにも何かしらの解決方法があるはずだ。それを一ヶ月という期間で発見したこと、感じたことを照合して導き出す事が必要になってくる。
ただ、いまいち分からないのが、なぜ僕らが集められたのかと言う事。一人暮らしなら僕らじゃなくても他は腐るほどいる。でもその中でこの六人が選ばれたのには、何か意味があるはず。その理由もどこかしらで明かされる場面が来るのかもしれない。
それと、ここに連れてこられた過程で何故か記憶が飛んでいるという事。
思い出そうとすれば激痛が頭全体に広がる。だから、今は放っておこう。必要に迫られた時に向き合えば良い。幾多ある謎がこの創造された世界において何らかの、手がかりになるかもしれない。でも最優先は脱出。他のことは出ていった後にでも聞けばいい。
校舎にはあいつらの姿が見えないから、僕らはここから調べることにした。灯台下暗しなんて言葉もあるくらい、身体に近い場所から調べる事は重要な事。誰もやらないなんて勿体ない。僕はそんな心持ちでいた。
「どう? 何かあった?」
一階昇降口横の資料室を漁っている最中、あきは僕の方を振り向いて問いかけた。
「……いいや、何も無さそう。」
直射日光の影響で、日焼けした紙が山のように出てきた。特段取り上げるような内容の物は出てこなかった。しかし調べるべき部屋は未だ沢山残っている。僕には休憩している暇はなかった。
二部屋目。内装には特に差はなく、殺風景な景色が広がっていた。
「マー君、ほんとに校舎内に、手がかりがあるのかな?」
僕は、日焼けで色の変わった段ボールを漁りながら、あきの話を聞いた。彼女の疑いは未だに晴れず、モヤモヤした物を抱えたまま捜索している、そう僕には見えた。
それでも僕には確固たる自信があった。
「ある、絶対に。何かしらの痕跡がどこかに残っているはず。」
「何でそんな事、言い切れるの?」
「ここはあいつの世界。何だってありなんだ。現実世界では有り得ないような事だって、人為的に起こせる。」
ここはゲームマスターが望んだ事は全て実現する場所。あらゆる欲求を満たしてくれる、極上のスイートルーム。この世界ではなんだってありなのだ。
「でもそれと何の関係が……。」
「普通に考えてみろ。こんな廃校にこれだけの資料がある時点で、普通じゃないんだ。これはあいつが作り出した、恐らくヒント。これを生かすも殺すも、僕ら次第。だったら、生かす方がいいんじゃないか。」
僕は得意げに笑って見せた。
まあ、冷たい目線が視界に入ったのは世の中の道理ってやつだ。
この関係性は特別なものだと、僕は自負していた。心の中身をさらけ出せる心地よさは、何よりも抱いていたいものだった。
「はあ……。キメ顔はともかく、言ってることは正しいかもね。」
僕の発言の意図を汲み取ってくれたのならそれで良かった。あとは必死こいて見つけ出すのみである。
もう日暮れが近い。陽も落ち始め、色もオレンジっぽくなってきた。
始まって数時間、未だ携帯に着信履歴も無ければ、自分たちの手柄もない。この一日が無駄に消費されてしまうのは何としても避けたいが、何しろ全く見つからなかった。
どうしてなんだ、何故見つからない。これだけ資料室を回ってるっていうのに、なぜ・・・・・・。
「一回休憩しようよ。」
「んなことしてる暇……。」
僕は少しむっとした。
「ねえ、マー君。」
彼女は声色を落とし冷静な面持ちで僕に問いかけた。
「私のためにありがとう。でも、始めからそんな調子じゃ、この先持たないんじゃない?」
彼女は立ち上がり、僕の前に来ると、右手を肩に乗せて真っ直ぐ僕の目を見て、なだめるように穏やかな口調で言った。まるで思春期の母と息子の会話のようだった。
「ああ、そうだな。ちょっと休もっか。」
僕には、あきが幼馴染であること以外、何も記憶がなかった。今まで現実世界でどんな出来事があって、友達に誰がいて、家族がどんな人で。そんな当たり前の知識が全く無い。
僕は寂しい気持ちになっていた。
もしかすると、それが一種の焦燥感を生み出していたのかもしれない。僕は反省するばかりだった。
そうして僕らは三つの資料室を残して基地へと戻っていく。
彼らは一体どこでどんな調査を行なっていたのか。少々気になる所だが、まずは自分達優先で、一つでも痕跡を見つけないことには、何も見えてはこない。
この暗闇の先にある真実を、突き止めるための第一歩を必ず見つけ出すために、僕らは尽力していく。
「何か収穫はあったか。」
「いいや、何一つ無かったよ・・・・・・。そっちは?」
「こっちも同じくだ。」
僕らは戻ると、歩き疲れた様に座り込む、三人の姿が目に入った。特に最初飛び出した司令塔の疲労感はとても隠しきれない程だった。
「どこに行ってたんだ? えっと……。」
そういえば、僕は彼の名前を知らなかった。彼に手をはたかれてから、聞く機会が無くなってしまったのだ。
「ああ岩瀬俊也だ。さっきは自分の事で精一杯だったから、あんな事言っちまったけど……。」
彼は決まり悪そうにそう言った。しかし僕は、彼の行動が常軌を逸脱しているものには感じなかった。
僕が、この世界に数時間身を置いてみて分かった事は以上の点。
ここはゲームマスターが作り上げた世界だという点、なぜかあき以外の記憶がない事、田舎という設定の下で僕らが存在している事。
資料の中にあった『生徒は二十名』という十年以上前の記録が残っていた。しかしその後の記録はなく、恐らく過疎化が進んだために廃校になったのだろう。
記憶に関してはみんなの話し合いを見ていれば大方予想は付く。ここで奇妙なのは、なぜあきだけに記憶があるのかと言う事。何かしらの共通した目的で集められているとしたら、一律で無くなっているはず。
もしかして別の目的で?
「……マー君、マー君ってば!」
隣で僕を呼ぶあきの声が聞こえた。
「……ど、どうした?」
「どうした? ――じゃないよ。話聞いてた?」
「わっ悪い……。」
「本当っ、君ってそういうとこあれだよね……。」
あれって何だよ、あれって。
まあ何となく言いたいことは分かるけどさ、もう少し言い方あるだろ。
「んじゃ、もう一回言うぞ。」
「ごめんなさい……。」
「日暮れが近いから、あまり外には出ない方がいい。」
「それは何でなのさ。夜の方が見えてくる事もあるかもしれないじゃないか。」
茶髪女子は今回も納得がいかない様子だった。しかし、今回は流石に俊也の意見に従ってもらうほかない。
僕は茶髪女子の質問に答えるようにして、二人の議論に口を挟んだ。
「街灯が少なかったんでしょ。」
「よく分かったな。ああ、その通り。懐中電灯の無いこの状態で、夜間の外出は余りに危険だ。もしどこかであれに飲み込まれでもしたら、それこそ脱出の可能性が減るからな。」
確かにその通りだ。いくら手掛かりが残っていても、この暗闇を一人でなんて無謀にも程がある。特にこの世界の仕組みやルールがいまいち判明していない現段階で、大胆な行動は命取りになりかねない。
昼間にかき集めた情報で、判明した度にまた話し合えばいい。とりあえず今は焦らない事。これが一番だと、僕は思う。
「これからはどうするつもりだ?」
「この校舎内でも探そうかなってな。」
「そうか。三つだけ調べてない資料室があるから、案内するよ。」
やはり調べておいて正解だったようだ。
探す手間が省けて休む時間も確保できる。勝手にだが、どこか人の役に立ったような気がして嬉しかった。
「何か見つかったか。」
「いや、全然・・・・・・。」
俊也はそう言った。俊也の顔には既に諦めの色が出ているように見えた。
もしかしてフェイクなのか。これだけ分量のある紙類が保管された資料室は、全て時間稼ぎをするためだけに作られた偽造のものなのか。はなからここには探し求める宝は眠っていないのか。
そんな、鳥肌が立ちそうな予感が、僕の脳裏をよぎった。
二手に分かれて探した僕らは、再び合流し最後の一室に全てを掛けることにした。そこに無ければゲームマスターの思惑にまんまとハマってしまった、そんな結果だけが残るのだろう。
「ここだけ妙に広いな。」
恐らく、核となる資料室がここに当たるのだろう。他の部屋に比べ、二倍以上の大きさはあるように見える。
最後にして手掛かりの存在確率が一番高い部屋だと、僕は思う。雰囲気的に何か状況が打開できる何かが見つかるような、そんな脆くて壊れやすい期待が、胸の周りに漂っていた。
指のささくれの様にカケラが飛び出ている、そんな年季の入った木製の棚が三つ等間隔に並んでいた。壁伝いにも金属製のガラス窓が付いた棚があった。
全員、その大きさに若干の戸惑いを抱えつつも、手がかりの捜索に移った。しかしすぐに見つかるわけもなく、僕も的外れだと諦めの感情を抱いていた。若干の罪悪感が僕の心をかすめながらも、僕は手を動かしていた。
そんな折、僕は一枚の紙切れを手に取った。
「これって、メモ……、だよな。」
僕は不自然に区切りをつけながら、そういった。
僕は錆の見られる棚から、それをおもむろに取り出した。
「五月七日。今日クラスの一人の生徒に校舎裏に呼ばれた。その後なぜかボコボコに。なんでだろう……。って書いてある。」
僕はそう読み上げた。
恐らくだが、これは日記だ。日付と一行程度の呟きのような文章が書かれている。
「手がかりだ……。」
「何? これが手がかりだと? 俺には資料の中に紛れた日記の破片のようにしか見えねえけど。」
「まずさ、学校の資料室に、なんで日記の破片が落ちているんだよ。不自然すぎやしないか?」
僕は、自分が感じた違和感を伝えると、司令官はどこか納得した様子で「確かに。」と言った。
確かにこの不自然に千切られた紙が日記である事は間違いない。内容や書き方から判断すれば、その可能性が一番高いだろう。
問題はなぜそんなものがここにあるか。全てが不合理で、同じ紙類だとしても使われた用途が明らかに異なっているように、僕には見えた。
そしてこの形態から察するに、一枚で完結するものではなさそうだ。
「手分けをして全て集めよう。そしたら何かが見えてくるかもしれない。」
ミスリードの可能性も否めないが、行動を起こせば何か見えてくるものもあるだろう。
その時にまた考えれば良い。まずは行動の指標を決めることが重要だと、僕は考えていた。
僕の提案に今まであまり乗り気ではなかった 二人も、案外すんなりと納得してくれた。何か心の変化でもあったのかと少々驚いたが、足並みが揃った事は喜ばしい事だった。
「んじゃ。今日はこれで終わりだ。また明日、明るくなったら活動開始な。」
方向性もトンネルの半ば辺りまでは、見通しが立った。俊也はタイミングを見計らって解散の号令をかけた。
「私たちも行く?」
「そうだね。」
僕らは、あの二人も追随するように教室を去った。
因みに前を歩く二人は、メガネの女子が川上友花。
そして金髪の女子が香川紗南。
話の流れから自己紹介をして、二人の情報を多少は掴んでいた。記憶については名前と学年程度しか覚えていないそうだった。
「こんな所でどうしたの。」
背後から幼馴染の声が聞こえた。
五段ある階段の丁度真ん中に座る僕は、一向に振り返る事なく、彼女の問いかけに答えた。
「夜空を眺めてた。何かひらめくかもと思ってな。」
澄み渡る空。燦然たる星々。何もかもが現実世界と変わらない。
しかしこれは狂った人間の創造物。
満月も散りばめられた大小様々な星々も全てがゲームマスターによって生み出されたもの。感動しないように抵抗する僕を嘲笑うかのように、心地よく吹くそよ風が趣深さを運んできた。
「昼間にさ、言ってくれたこと……。嬉しかった……。」
昼間に言ったこと? あー、あれか。でも、何で嬉しいんだろう?
「もう……鈍感なんだから。君は。」
あきは、フグのように顔を膨らませて、僕を叩いた。
あんまり記憶はハッキリしてないけれど、恐らく、沢山の思い出が現実の僕の心に溜まっているはずだ。
だって、こんな他愛もない時間でさえも楽しく過ごせてしまうのだから。そんな僕らに、宝物が少ないはずがない。
いつからの知り合いかは分からない。でも長年堆積した記憶はもう換算不可能な次元にまで到達しているのだろう。僕にはその確信があった。
「あきは、今日一日過ごしてみてどうだった?」
「んー……。正直かなり疲れた、かな。慣れない環境で、これだけ動き回ったから。疲労感が凄いの。マー君は?」
僕はあきの問いかけの後、自分の状態について考えてみた。
疲労感がないと言えば嘘になる。でも眠れるほどの疲れを感じていないのが現状だ。
流石に睡眠時間は必要だが、すぐにできるかと言われれば、「はい」とは言えない。
僕はその旨を伝えると、あきは困ったように笑った。
「確かに。今日のマー君は幼き日の君だったね。何か気になるものを見つけたら、好奇心に負けてすぐに走り出しちゃうんだから。マー君も子供だよね。」
「僕がか? なんで?」
「その好奇心を忘れない所。ずっとそんな感じだもん。」
確かにそういう角度から見れば子供なのかもしれないが、そんな人どこにでもいるような気が、僕にはした。
「あんまりいないと思うけど……。」
あきは、呆れたように僕を見て言った。
「別に僕はそう思われてもいいけど。」
「えっ、いいの?」
僕は驚いた様子のあきに、白い歯を見せて言った。
「ああ。自分らしさを持つことが、一番『人間』やってるって事だからな。」
僕は空を見上げながらそういった。
語りたい事があった。伝えたい考えがあった。でもそれを今、口に出す雰囲気ではないような気がした。
言いたかった事を飲み込んで、僕らは笑顔を浮かべながら、平和的な雰囲気を醸し出していた。
「……寝ちゃったな。」
会話の間、二人が合わせたように静かになった。その間にあきは眠っていた。
あきは、僕の肩に頭を乗せながら寝息を立てていた。僕は初めて安心という感情を持った気がした。
この寝顔は簡単に拝めるようなものじゃない。色々な条件が重なって初めて見られるものだと、僕は思った。
僕の傍が安心するのかな。それなら嬉しいんだけど。まあ、とりあえず目を覚ますまでこの態勢のまま、満天の星空でも眺めるとしますか。
こんな穏やかな時間を過ごす機会はそう多くはないだろう。しかもこんな自然プラネタリウムを独り占めできる場面はかなり貴重だ。僕はこの機会を逃すまいと、その風景から目を離すことはなかった。
長い一か月がスタートして、ようやく一日目が終わった。率直な感想としては、長すぎた一日だった。
手掛かりをつかむまでの時間が掛かり過ぎたのが一番の理由だが、最悪の事態は避けられた。それだけが唯一の良い点だったと思う。
方向性が固まったことで、夜明けからの行動パターンが絞りやすくなった。後は結果を出すのみ。
そして半分以上の期間を残して、あの狂ったゲームマスターの泣き顔を拝見してやるのだ。僕らにこれ以上危害を加えないように、跪かせる必要もある。僕は憤慨に似た感情を持った。
既に殺人ゲームの狼煙は上がっていた。今日は肩慣らしみたいなもの、本番は明日からである。
あとはどこに行くか。
皆と被らない所に行くのが筋だ。未だこの世界の地理を把握していないから、手こずるだろうが、どうにかして成果を出して脱出に貢献したい。
僕は目線を上に固定したまま微笑んでいだ。
月と星々が僕らを応援しているように見えた。敵の創作物に応援されているように見えるってやっぱり疲れてるのかもな……。
なんにせよ、日の出とともにスタートだ。それまでは英気を養っておこうと思う。
過酷な日々を生き抜くために、僕は全身全霊で理不尽に対抗する。
目を開くと同時に眩いばかりの光が目に入った。昨晩、カーテン開けたまま寝たからだろう。しかし、それにしては異常な気がする。僕が光を意識すればするほど、鬱陶しさは増していった。
寝ぼけた感覚のまま、いつものように起き上がると、手をついた感覚に違和感を覚えた。
あれ、床が硬い。確かベッドで寝ていたはずなのに、どうしたんだ?
アサリのように目を半開きにして、覚束ない意識の中、目線を下にやると、全く身に覚えのない場所に自分がいることに気がついた。
舗装もされていない乾いた土の上、そこに僕は一人強い光に当たりながら、座り込んでいた。
おもむろに辺りを見回す。田んぼや畑だけで、その光景は地平線の彼方まで続いている。そののどかな雰囲気が混乱した気持ちを、少し和らげているような気がした。
何がどうなってここにいるんだ? 僕は確かにあそこで寝ていたはず。それでその前は、えーっと……。
どうしてか何も記憶が無い。どうやら、記憶にモヤがかかっているようだった。
自分の名前や身近にいた人の名前が薄っすらと残っている。
しかし、大事な記憶が何もかも抜け落ちてしまっていた。しかも無理に引っ張り出そうとすれば、何か硬いものにぶつけた時のような激痛が、頭を駆け抜けていていくようだった。
自分の身に、一体何が起きているのだろうか。さっきまで僕は、間違いなく屋内にいた。
見覚えのある内装に使い古したリュックや参考書、ゲームにスマホがあったはず。それがなんだって、こんな所に……。
いろいろ考えを巡らせたが、まずは行動しなければ何も始まらない。とりあえず立ち上がり何か手がかりを探す事にした。
初めに視界に入ったのは、木造の三階建ての建物だった。
僕が目覚めた大きな道路に隣接し、フェンスに囲まれ、所々に綻びが見られる。僕が目覚めた道路に隣接し、フェンスに囲まれていて、所々に綻びが見られるそれは、自分が主役であるかのように堂々と鎮座していた。
二宮金次郎像が倒れているところから見ると、やはり旧校舎なのだろう。
一度、表に回ってみる。やはり思った通りだった。錆びついた鉄棒や穴の空いたタイヤなど、いかにもの用具があちらこちらに見受けられた。
とりあえず、中に入ってみよう。手掛かりは多い方が良いに決まっているからな。
校庭を抜けて、昇降口をくぐる。あちこちに蜘蛛の巣があって、埃っぽい空気が充満していた。埃が苦手な僕には少々苦しい場所だが、今はそんなしょうもない敵と対峙している場合ではなかった。
「ん? 綺麗になっているところがあるな……。」
昇降口らしき所から廊下を伝い移動する中で、不自然に埃が無くなっている箇所がいくつもあった。なぜか不等間隔に埃が無くなっている。どうやらここに何かがあるようだ。
様々な不自然極まりない痕跡を眺める間、徐々に胸の底から湧き上がってくる感触があった。煮えたぎるマグマのような熱い何かが胸の中に溜まっていく。そして次の瞬間僕は、自分の知る由もなかった真実に向かって無意識的に駆け出していた。
「どうするよ、これから。」
声がする。
左側に立ち並ぶ教室の一番奥から、低い男性の声が。そしてそれに反応する数人の男女の声。そこには様々な色が入っていて意見も割れているようだ。
否定的な青い意見、情熱の赤い意見、人任せのグレーな意見、和む雰囲気の緑の意見。そして意見を出さずにまとめる一人の男性。聞いている情報から察すると、今後の動きについて意見が割れているようだ。
「どうするって……、無理だよ俺らには……。」
弱々しい男の声。
「無理って、何はなから諦めてんの?」
気の強そうな女の声。
「そうだよ。どうにか出来る事はきっとあるって。」
どこか聞き覚えのある女の声。
「うーん……、何とも言えないけど、まずは情報収集からだよね。」
冷静に分析する声。
こうもバランス良くタイプが別れるとは何かあるのだろう。人為的な出来事な匂いが増してきて、不安感が比例する様に大きくなっていった。
しかし五人で上手く話が回っているようで、僕は声のする教室で気配を消し端の方で壁にもたれていた。別に僕が参加しなくても話はまとまるだろうし、逆に下手に出しゃばると混乱を招く恐れもある。ここは黙っておくのが最適な気がした。
「えっ……。マー君、マー君なの?」
驚いたような声色で僕の名前を呼ぶ人がいる。しかもその呼び方に聞き覚えがあった。
「あき、か? 何でここにお前が……。」
透き通るように綺麗な黒い長髪に、凛とした大きな目、肌も白くてスタイルもいい、おまけに勉強までできると来た。
唯一の欠点は運動神経で、体育の成績だけはいつも壊滅的だった。
そんな僕の幼馴染の名は櫻子あき。偶然か必然か、僕らは幼稚園の頃からの付き合いだ。別段記憶に深く刻まれるような出来事があった訳でもないし、特別な関係にも勿論発展してこなかった。正真正銘の幼馴染という訳だ。
「マー君こそ、なんでここに?」
僕は事の顛末を話した、包み隠さず全て。当然のように彼女も同じだった。僕と違ったらどうしようかと肝を冷やしたが、そんな心配は不要だった。笑顔で『同じだね。』なんてお気楽な様子で話していたから、どこか安堵感を覚えた。
「お前もか、ここに連れてこられたのは。」
中心で話をまわす男子に話を振られた。茶髪で遊んだヘアスタイルにきりっとした眉毛が特徴で、それでいて目は一般的なサイズ。状況が状況だから険しい表情を浮かべているが、世間ではもてはやされる対象になるタイプの男子だと思う。
「ああ。僕は春原真道。よろしく。」
僕は右手を出して自己紹介をした。
「そんな、馴れ合いをしてる場合かよ。早くこんな所から、おさらばするために作戦立てるぞ。」
パンッ。
僕の右手は儚くも、彼によって弾かれてしまった。妥当な事を言っている分、何も言い返せないのが悔しかった。少しくらい付き合ってくれてくれてもいいのになんて思うが、やはりそれどころじゃないのが現実だった。
「六人か……。新入り、お前はどう行動するべきだと思う?」
新入りって……ああ、僕か。
「まずは情報収集だろうな。ヘタに動いて五人になるよりは、人員を守りつつ確実に脱出する方法を選択するべきだ。」
「だな。よし、まずは校舎の中からだ。隈なく探せよ。」
数刻前に彼は冷たい態度を僕に見せたが、今度はすぐさま僕の意見に乗っかった。対応の早さには恐れ入るが、彼の言動に少し戸惑ってしまった。しかしこんな態度で、全員が納得するとも思えない。早速その返答がこれだ。
「何しきってんのよ。てかさ、あたしたちの意見は無視な訳? 別にあんたの意見を聞く義理は無いんだけど。」
そこには司令官的立場の男子の真向かいで、真っ向から反論する女子がいた。肩に乗るくらいの茶髪で薄化粧を施し、穏やかな感じの目元で整った顔立ち。ギャルという種族の一員と思われるその人は、茶髪男子に真っ向から反対していた。
「じゃあ、どうするんだよ?」
僕は少し呆れた様子で聞いた。
「私は、一人で情報を集めたいから。人がいると足手まといなの。」
ったく、この状況分かって言ってんのかよ。こんな未知の場所で、何が起きるか分からない状態の中、無闇に行動したらどうなるかって、小学生でも分かるぞ・・・・・・。
そう冷めた目線を向けながら、心の中で呟いた。
「真道くんは頭がいいみたいだね。」
突然後ろから聞き覚えのない声がした。
不意の出来事だったから、体を震わせてしまった。少々恥ずかしい気持ちを抱えながら、同時にある疑問も覚えた。
どうして、僕の名を知っているんだ?
そう思った瞬間に体から変な汗が出てき
た。この妙な胸騒ぎはなんだろう。まるでこの人に全てを見透かされている様な、そんな嫌悪感が体中に巡っていた。
「誰だ、お前は。」
「私はこの世界の創造者。ゲームマスターとでも読んでくれたまえ。」
黒い、人間の形をした不気味な物体。顔のパーツも無く、人間的な要素を全体的な形以外で判別できない。どこから声を発しているのかさえも分からないから、はっきり言って気持ちが悪かった。
「早く僕らをこの世界から出せよ。」
「はははっ。それは無理な話だ。出たきゃ自分たちの力で脱出してみろ。」
大笑いするそいつに、無性に腹が立った。でも何となく想像がつく、そいつに歯向かったらどうなるか。
「ふざけんなよ、何で閉じ込められなきゃいけられねえんだよ。」
司令塔が声を上げる。憤慨という様子でゲームマスターを睨んでいた。僕はそいつの顔を見て『抵抗するな』という意味を込めて首を横に振った。
「ったく、仕方ねえな。」
「察しがいいようで。この世界は俺が仕切っている。俺が望むものは何だって叶うのさ。だから大人しくしたがっておいた方がいいぞ、死にたくなかったらな。」
僕はそいつの一言で、僕らの立ち位置を何となく把握した。
「ここはどこなんだ。」
「それは内緒だ。自分達で当ててみたまえ。まあ、当てるのは無理だろうね。」
ゲームマスターは高笑いしながら言った。僕の憤りの感情が徐々に大きくなっていく。いずれ爆弾のように我慢の限界を迎えるだろう。
しかし僕の気持ちとは裏腹に、ゲームマスターは神経を逆なでするような話を続けた。
「脱出方法を教えてくれとかほざくなよ。敵が教えてくれるのは作られた話の中だけだ。現実っていうのは甘いもんじゃねえからな。」
目がカッと見開かれて、口角は上がっている。もしゲームマスターに顔があればそんな表情を浮かべていただろう。こいつには近づいてはいけない、僕の本能がそう叫んだ気がした。
「……おっと、取り乱してすまない。とにかくだ、ここから出て行きたきゃ、自分たちで方法を見つけるんだな。」
全員が押し黙った。
その気迫に圧倒された僕らは言葉を失い、同時に感情を失っていた。全員が思考を止めてゲームマスターに耳を傾け、どこか心に訴えかけるような魔法に感情をコントロールされたようだった。
そしてただ一人を除いて僕らは足並みが揃った。
「なんでそんな事を、この社長の息子である私がやらなくちゃならないのさ。」
眼鏡をかけたワックステカテカの気弱そうな男は、弱々しくそう叫ぶと青ざめた顔つきで教室から逃げ出していった。
「あっ、おい待てよ……。」
僕はそう制止したが、時すでに遅し。絶望の言葉を何度も口にしながら、転倒を繰り返し足取り重く廊下へ走っていった。
やばい、このままじゃあいつの命はない。
別に確証があった訳ではなかった。もしかすると、僕の感覚的な考えだったのかもしれない。
僕はそう心で呟くと、正面にいたゲームマスターがおもむろに言った。
「気づいたんだね、真道くんは。」
「心を読んだのか……。」
僕が言うと、ゲームマスターは見下したように言った。
「まあね、とりあえず立場的には神と同じだから。一通りのことは出来るのさ。」
という事は、ゲームマスターへの直接攻撃は一切できないという訳だ。僕らが腹いせで手を上げても、魂胆を見透かされてゲームオーバー。逆に返り討ちに合うだろう。
そんな新たな恐怖感を抱いた僕に、ゲームマスター重ねて尋ねた。
「何で、気づいたのか教えてくれるかな。」
「あれだけ心に隙のある人間が、この残酷な世の中で生きていけるわけがない。飲み込まれるのがオチだ……。」
そして僕の目の前でそいつは、僕の予想通りの展開になっていく。
地面から突如出現した真っ黒い渦に飲み込まれて、一瞬のうちに消えていった。現れたのはおどろおどろしい『黒い手の数々』だった。
それに捕まった金持ち息子は為す術もなく、怪異的な力で引きずり込まれた。
「助けてくれよ。死にたくない……、俺は死にたくなよ。誰か……、誰かー!」
「哀れなやつだな……。」
司令塔がポツリと呟く。その端的な一言が金持ち息子の状態を上手く表せているような気がした。
その光景を目の当たりにした僕ら全員は、足がすくんで動かなかった。あれだけ息巻いていた僕自身も、膝が笑っている。死への恐怖心は全員が共通に持ち合わせているものなのだと、再確認できた。
「真道くんが言ったように、心に隙を作った人間は、一律で飲み込まれるから。あと、君たち気付いてないと思うけど・・・・・・。」
気付いてない? まだ何か仕掛けがあるのか?
不安な気持ちが大きくなっていく。もう他の感情なんか気にならない程に、膨れ上がっていた。
「時間制限があることを忘れているわけじゃないよな。」
「時間制限? 何のことだ?」
「そのままの意味だよ。君たちは、水を飲まなければ水を飲まなければ、どうなるのかな。」
「そりゃ、死ぬだろう。脱水症状とかで。」
誘導的に僕はそう返したが、僕にはこの話の先が、全く見えないでいた。
「ああ、言っておくが、君たちは現実世界の君たちじゃないから。」
「何言ってんだよ。この体は、正真正銘僕の体だ。」
そういった僕だったが、そいつの言っていることが、どこか腑に落ちている自分がいた。
「真道君もさ、心の中では分かってるようじゃないか。」
全てを見透かされている事が、僕の中の気持ち悪さが増幅させていた。
「君たちが本物の体じゃなければ、君たちの本物は他の場所にあって、それが放置されたままだとどうなる?」
血の気が引いて行くのが分かる。なぜこんな大事な議論をしなかったのか不思議なくらいの死活問題だった。
「脱水症状で死に至る……。」
呟きほどの大きさで言った。
いつかにネットの記事で目にしたことがあって、人間が水を飲まずに生きられるのは、約四日から五日らしい。それを過ぎれば脱水症状でお陀仏だそうだ。
「……くっそ。だから一人暮らしのメンバーを集めたんだ。」
「ああ。そういう事。やはり君は勘がいい。俺を楽しませてくれそうだな。」
いじめっ子とか、子供とか、そんなレベルの笑い声じゃない。狂気的で血も涙もない本息の殺人鬼の表情のようだった。
顔は判別できないが、そんな表情を浮かべてるような気がした。
「それじゃあな。せいぜい俺をドキドキさせろよ。……はははっ。」
ゲームマスターを名乗る黒い物体は一瞬にして消失した。消滅すると共に、嘲笑うかのような高笑いと、地の底に突き落とす絶望を同時に運んできた。
「おいっ、勝手に……。」
もう手遅れだった。
捕まえようと手を伸ばしても既にその姿は無く、力ない僕の声が響くばかり。周りの四人も俯いたまま口を開かず、その場の空気に飲まれているようだった。
分かっているつもりだったが、目の前で人が死んだ。名前すら知らない赤の他人で、誰一人として助けようとはしなかった。なぜかと問われれば、その場に立っているのがやっとだったから。他人の心配が出来る精神状態では無かった。
そしてその事実は、僕らの前に死への恐怖を運んできた。避けられない運命なのだと告げているようだった。
「ねえ、マー君。」
「どうした。」
不安げな面持ちで僕の肩を掴んでいる。その手は小刻みに震えて、今にも消えてしまいそうだった。
「あの子みたいに、私達もなっちゃうのかな……。」
僕は笑い続ける膝を隠して、彼女の手に被せて言った。
「大丈夫だ、僕に任せて。君を絶対に現実世界に戻すから。何としても、絶対。」
そうあきには言うが、そんな確証を持っているはずがない。一つの命が、容易に消されるようなこの世界に光なんて見えるはずも無かった。
でも、あきだけは何が何でも助け出したい。この命に代えても目的は果たすつもりだ。
「……何で、そう言い切れるの?」
そう下を向きながら言った。
不安の色が濃くなっていく。手立てがない現状で希望なんて持てる筈がなかった。でも、まだ始まったばかりなのだ。
「だって、僕らはこの世界のこと何も知らないんだよ。手立て無しと決まった訳じゃ無いんだ。まだ時間もあれば人もいる。可能性を捨てるには少々早いと思うよ。」
不確定には変わりないが、初めから死んだのも同然と考えるのは時期尚早だ。それまで足掻き倒せばいい。
そう僕は自らを鼓舞して不安感を消し去ろうと努力していた。
「確かに。やっぱり、マー君って冷静だね。」
彼女は笑みを覗かせた。無理矢理感は否めないが、その顔が見れただけでも安堵感を覚えた。
どうにかして心の底から笑顔になれる世界にあきを戻したい。僕はそう思った。
なんとなく壊れかけた雰囲気が元に戻って、僕は視線をあきから外した。すると待っていたかのように司令塔的な男子が話しかけてきた。
「お二人さんや、あのカレンダーに見覚えは?」
僕らは司令塔の指差す方を向くと、さっきまでなかったはずの印付きカレンダーが、黒板横の掲示板らしき場所に画鋲で留めてあるのを見つけた。
「カレンダー?」
「そう。八月二十日に二重丸が付いてる。」
そして彼は黒板を指さすと、右端の日付を見る。八月一日だった。
と言うことは、現地時間で二十日がタイムリミットということだろう。黒板の上に真っ白な掛け時計がある。これで容易に時間が把握できるはずだ。
「私は協力しないから。」
茶髪女子は僕らの意見が気に入らない様子で、そっぽを向いていた。
「だったら、どうするんだよ。」
「そんなの自分で決めるし。私は私の方法でこの世界から脱出するから、邪魔だけはしないでね。」
彼女は嫌味を吐き捨てて、そのまま一度も振り返る事なく、教室から出て行ってしまった。
「……ったく。なんだよあの女、感じ悪いな。」
険悪な雰囲気が徐々に広がっていく。僕も重苦しい感情を抱いていた。
何故僕が皆の協力が必要と言ったのか。それは至って単純な理由で、単独行動が危険な状態だから。
慣れない土地で地理が分からない上に、何かあった後では手遅れ。いくらガラケーを所持しているからと言っても、いつも連絡できる状況下にいるとは限らない。金持ち息子のように飲み込まれれば、それこそ手の施し方がないのだ。
「仕方ない。とりあえず二手に分かれよう。」
僕はそう提案し、僕とあき、司令塔的な男子と眼鏡女子に分かれて行動を開始した。
「何かあったら連絡してくれ。俺らも何か分かったらすぐ連絡する。んじゃ、そう言う事で。」
そう言って彼は走り出した。眼鏡女子がついていけていない様子で少々心配になるが、何とか上手くやってくれそうな気がする。
差し込む太陽光を背に駆け出す姿はまさに『青春』という漠然とした単語を具現化したように感じがした。
そして後に続いて僕らも順々に灰色の小型機を持って教室を後にする。
「私たちも行こっか。流石にここにずっといるだけなのは、気がひけるからさ。」
あきはそう言って立ち上がると、僕の手を引き、携帯を取って歩き出した。
「手引っ張るなって、ちゃんと行くから。」
呆れ顔を覗かせた僕の顔は、やがて微笑みに変わると、前にいる幼馴染みを追いかけ真実を求めて歩きだした。
この先に待つ答えは果たして何だろう。不安と若干の高揚感で胸が一杯だった。
こんな無謀な状態である程度の予想を立ててみるとするか。
まず、脱出するためには、何かしらの方法を探し出す必要がある。この理不尽なゲームにも何かしらの解決方法があるはずだ。それを一ヶ月という期間で発見したこと、感じたことを照合して導き出す事が必要になってくる。
ただ、いまいち分からないのが、なぜ僕らが集められたのかと言う事。一人暮らしなら僕らじゃなくても他は腐るほどいる。でもその中でこの六人が選ばれたのには、何か意味があるはず。その理由もどこかしらで明かされる場面が来るのかもしれない。
それと、ここに連れてこられた過程で何故か記憶が飛んでいるという事。
思い出そうとすれば激痛が頭全体に広がる。だから、今は放っておこう。必要に迫られた時に向き合えば良い。幾多ある謎がこの創造された世界において何らかの、手がかりになるかもしれない。でも最優先は脱出。他のことは出ていった後にでも聞けばいい。
校舎にはあいつらの姿が見えないから、僕らはここから調べることにした。灯台下暗しなんて言葉もあるくらい、身体に近い場所から調べる事は重要な事。誰もやらないなんて勿体ない。僕はそんな心持ちでいた。
「どう? 何かあった?」
一階昇降口横の資料室を漁っている最中、あきは僕の方を振り向いて問いかけた。
「……いいや、何も無さそう。」
直射日光の影響で、日焼けした紙が山のように出てきた。特段取り上げるような内容の物は出てこなかった。しかし調べるべき部屋は未だ沢山残っている。僕には休憩している暇はなかった。
二部屋目。内装には特に差はなく、殺風景な景色が広がっていた。
「マー君、ほんとに校舎内に、手がかりがあるのかな?」
僕は、日焼けで色の変わった段ボールを漁りながら、あきの話を聞いた。彼女の疑いは未だに晴れず、モヤモヤした物を抱えたまま捜索している、そう僕には見えた。
それでも僕には確固たる自信があった。
「ある、絶対に。何かしらの痕跡がどこかに残っているはず。」
「何でそんな事、言い切れるの?」
「ここはあいつの世界。何だってありなんだ。現実世界では有り得ないような事だって、人為的に起こせる。」
ここはゲームマスターが望んだ事は全て実現する場所。あらゆる欲求を満たしてくれる、極上のスイートルーム。この世界ではなんだってありなのだ。
「でもそれと何の関係が……。」
「普通に考えてみろ。こんな廃校にこれだけの資料がある時点で、普通じゃないんだ。これはあいつが作り出した、恐らくヒント。これを生かすも殺すも、僕ら次第。だったら、生かす方がいいんじゃないか。」
僕は得意げに笑って見せた。
まあ、冷たい目線が視界に入ったのは世の中の道理ってやつだ。
この関係性は特別なものだと、僕は自負していた。心の中身をさらけ出せる心地よさは、何よりも抱いていたいものだった。
「はあ……。キメ顔はともかく、言ってることは正しいかもね。」
僕の発言の意図を汲み取ってくれたのならそれで良かった。あとは必死こいて見つけ出すのみである。
もう日暮れが近い。陽も落ち始め、色もオレンジっぽくなってきた。
始まって数時間、未だ携帯に着信履歴も無ければ、自分たちの手柄もない。この一日が無駄に消費されてしまうのは何としても避けたいが、何しろ全く見つからなかった。
どうしてなんだ、何故見つからない。これだけ資料室を回ってるっていうのに、なぜ・・・・・・。
「一回休憩しようよ。」
「んなことしてる暇……。」
僕は少しむっとした。
「ねえ、マー君。」
彼女は声色を落とし冷静な面持ちで僕に問いかけた。
「私のためにありがとう。でも、始めからそんな調子じゃ、この先持たないんじゃない?」
彼女は立ち上がり、僕の前に来ると、右手を肩に乗せて真っ直ぐ僕の目を見て、なだめるように穏やかな口調で言った。まるで思春期の母と息子の会話のようだった。
「ああ、そうだな。ちょっと休もっか。」
僕には、あきが幼馴染であること以外、何も記憶がなかった。今まで現実世界でどんな出来事があって、友達に誰がいて、家族がどんな人で。そんな当たり前の知識が全く無い。
僕は寂しい気持ちになっていた。
もしかすると、それが一種の焦燥感を生み出していたのかもしれない。僕は反省するばかりだった。
そうして僕らは三つの資料室を残して基地へと戻っていく。
彼らは一体どこでどんな調査を行なっていたのか。少々気になる所だが、まずは自分達優先で、一つでも痕跡を見つけないことには、何も見えてはこない。
この暗闇の先にある真実を、突き止めるための第一歩を必ず見つけ出すために、僕らは尽力していく。
「何か収穫はあったか。」
「いいや、何一つ無かったよ・・・・・・。そっちは?」
「こっちも同じくだ。」
僕らは戻ると、歩き疲れた様に座り込む、三人の姿が目に入った。特に最初飛び出した司令塔の疲労感はとても隠しきれない程だった。
「どこに行ってたんだ? えっと……。」
そういえば、僕は彼の名前を知らなかった。彼に手をはたかれてから、聞く機会が無くなってしまったのだ。
「ああ岩瀬俊也だ。さっきは自分の事で精一杯だったから、あんな事言っちまったけど……。」
彼は決まり悪そうにそう言った。しかし僕は、彼の行動が常軌を逸脱しているものには感じなかった。
僕が、この世界に数時間身を置いてみて分かった事は以上の点。
ここはゲームマスターが作り上げた世界だという点、なぜかあき以外の記憶がない事、田舎という設定の下で僕らが存在している事。
資料の中にあった『生徒は二十名』という十年以上前の記録が残っていた。しかしその後の記録はなく、恐らく過疎化が進んだために廃校になったのだろう。
記憶に関してはみんなの話し合いを見ていれば大方予想は付く。ここで奇妙なのは、なぜあきだけに記憶があるのかと言う事。何かしらの共通した目的で集められているとしたら、一律で無くなっているはず。
もしかして別の目的で?
「……マー君、マー君ってば!」
隣で僕を呼ぶあきの声が聞こえた。
「……ど、どうした?」
「どうした? ――じゃないよ。話聞いてた?」
「わっ悪い……。」
「本当っ、君ってそういうとこあれだよね……。」
あれって何だよ、あれって。
まあ何となく言いたいことは分かるけどさ、もう少し言い方あるだろ。
「んじゃ、もう一回言うぞ。」
「ごめんなさい……。」
「日暮れが近いから、あまり外には出ない方がいい。」
「それは何でなのさ。夜の方が見えてくる事もあるかもしれないじゃないか。」
茶髪女子は今回も納得がいかない様子だった。しかし、今回は流石に俊也の意見に従ってもらうほかない。
僕は茶髪女子の質問に答えるようにして、二人の議論に口を挟んだ。
「街灯が少なかったんでしょ。」
「よく分かったな。ああ、その通り。懐中電灯の無いこの状態で、夜間の外出は余りに危険だ。もしどこかであれに飲み込まれでもしたら、それこそ脱出の可能性が減るからな。」
確かにその通りだ。いくら手掛かりが残っていても、この暗闇を一人でなんて無謀にも程がある。特にこの世界の仕組みやルールがいまいち判明していない現段階で、大胆な行動は命取りになりかねない。
昼間にかき集めた情報で、判明した度にまた話し合えばいい。とりあえず今は焦らない事。これが一番だと、僕は思う。
「これからはどうするつもりだ?」
「この校舎内でも探そうかなってな。」
「そうか。三つだけ調べてない資料室があるから、案内するよ。」
やはり調べておいて正解だったようだ。
探す手間が省けて休む時間も確保できる。勝手にだが、どこか人の役に立ったような気がして嬉しかった。
「何か見つかったか。」
「いや、全然・・・・・・。」
俊也はそう言った。俊也の顔には既に諦めの色が出ているように見えた。
もしかしてフェイクなのか。これだけ分量のある紙類が保管された資料室は、全て時間稼ぎをするためだけに作られた偽造のものなのか。はなからここには探し求める宝は眠っていないのか。
そんな、鳥肌が立ちそうな予感が、僕の脳裏をよぎった。
二手に分かれて探した僕らは、再び合流し最後の一室に全てを掛けることにした。そこに無ければゲームマスターの思惑にまんまとハマってしまった、そんな結果だけが残るのだろう。
「ここだけ妙に広いな。」
恐らく、核となる資料室がここに当たるのだろう。他の部屋に比べ、二倍以上の大きさはあるように見える。
最後にして手掛かりの存在確率が一番高い部屋だと、僕は思う。雰囲気的に何か状況が打開できる何かが見つかるような、そんな脆くて壊れやすい期待が、胸の周りに漂っていた。
指のささくれの様にカケラが飛び出ている、そんな年季の入った木製の棚が三つ等間隔に並んでいた。壁伝いにも金属製のガラス窓が付いた棚があった。
全員、その大きさに若干の戸惑いを抱えつつも、手がかりの捜索に移った。しかしすぐに見つかるわけもなく、僕も的外れだと諦めの感情を抱いていた。若干の罪悪感が僕の心をかすめながらも、僕は手を動かしていた。
そんな折、僕は一枚の紙切れを手に取った。
「これって、メモ……、だよな。」
僕は不自然に区切りをつけながら、そういった。
僕は錆の見られる棚から、それをおもむろに取り出した。
「五月七日。今日クラスの一人の生徒に校舎裏に呼ばれた。その後なぜかボコボコに。なんでだろう……。って書いてある。」
僕はそう読み上げた。
恐らくだが、これは日記だ。日付と一行程度の呟きのような文章が書かれている。
「手がかりだ……。」
「何? これが手がかりだと? 俺には資料の中に紛れた日記の破片のようにしか見えねえけど。」
「まずさ、学校の資料室に、なんで日記の破片が落ちているんだよ。不自然すぎやしないか?」
僕は、自分が感じた違和感を伝えると、司令官はどこか納得した様子で「確かに。」と言った。
確かにこの不自然に千切られた紙が日記である事は間違いない。内容や書き方から判断すれば、その可能性が一番高いだろう。
問題はなぜそんなものがここにあるか。全てが不合理で、同じ紙類だとしても使われた用途が明らかに異なっているように、僕には見えた。
そしてこの形態から察するに、一枚で完結するものではなさそうだ。
「手分けをして全て集めよう。そしたら何かが見えてくるかもしれない。」
ミスリードの可能性も否めないが、行動を起こせば何か見えてくるものもあるだろう。
その時にまた考えれば良い。まずは行動の指標を決めることが重要だと、僕は考えていた。
僕の提案に今まであまり乗り気ではなかった 二人も、案外すんなりと納得してくれた。何か心の変化でもあったのかと少々驚いたが、足並みが揃った事は喜ばしい事だった。
「んじゃ。今日はこれで終わりだ。また明日、明るくなったら活動開始な。」
方向性もトンネルの半ば辺りまでは、見通しが立った。俊也はタイミングを見計らって解散の号令をかけた。
「私たちも行く?」
「そうだね。」
僕らは、あの二人も追随するように教室を去った。
因みに前を歩く二人は、メガネの女子が川上友花。
そして金髪の女子が香川紗南。
話の流れから自己紹介をして、二人の情報を多少は掴んでいた。記憶については名前と学年程度しか覚えていないそうだった。
「こんな所でどうしたの。」
背後から幼馴染の声が聞こえた。
五段ある階段の丁度真ん中に座る僕は、一向に振り返る事なく、彼女の問いかけに答えた。
「夜空を眺めてた。何かひらめくかもと思ってな。」
澄み渡る空。燦然たる星々。何もかもが現実世界と変わらない。
しかしこれは狂った人間の創造物。
満月も散りばめられた大小様々な星々も全てがゲームマスターによって生み出されたもの。感動しないように抵抗する僕を嘲笑うかのように、心地よく吹くそよ風が趣深さを運んできた。
「昼間にさ、言ってくれたこと……。嬉しかった……。」
昼間に言ったこと? あー、あれか。でも、何で嬉しいんだろう?
「もう……鈍感なんだから。君は。」
あきは、フグのように顔を膨らませて、僕を叩いた。
あんまり記憶はハッキリしてないけれど、恐らく、沢山の思い出が現実の僕の心に溜まっているはずだ。
だって、こんな他愛もない時間でさえも楽しく過ごせてしまうのだから。そんな僕らに、宝物が少ないはずがない。
いつからの知り合いかは分からない。でも長年堆積した記憶はもう換算不可能な次元にまで到達しているのだろう。僕にはその確信があった。
「あきは、今日一日過ごしてみてどうだった?」
「んー……。正直かなり疲れた、かな。慣れない環境で、これだけ動き回ったから。疲労感が凄いの。マー君は?」
僕はあきの問いかけの後、自分の状態について考えてみた。
疲労感がないと言えば嘘になる。でも眠れるほどの疲れを感じていないのが現状だ。
流石に睡眠時間は必要だが、すぐにできるかと言われれば、「はい」とは言えない。
僕はその旨を伝えると、あきは困ったように笑った。
「確かに。今日のマー君は幼き日の君だったね。何か気になるものを見つけたら、好奇心に負けてすぐに走り出しちゃうんだから。マー君も子供だよね。」
「僕がか? なんで?」
「その好奇心を忘れない所。ずっとそんな感じだもん。」
確かにそういう角度から見れば子供なのかもしれないが、そんな人どこにでもいるような気が、僕にはした。
「あんまりいないと思うけど……。」
あきは、呆れたように僕を見て言った。
「別に僕はそう思われてもいいけど。」
「えっ、いいの?」
僕は驚いた様子のあきに、白い歯を見せて言った。
「ああ。自分らしさを持つことが、一番『人間』やってるって事だからな。」
僕は空を見上げながらそういった。
語りたい事があった。伝えたい考えがあった。でもそれを今、口に出す雰囲気ではないような気がした。
言いたかった事を飲み込んで、僕らは笑顔を浮かべながら、平和的な雰囲気を醸し出していた。
「……寝ちゃったな。」
会話の間、二人が合わせたように静かになった。その間にあきは眠っていた。
あきは、僕の肩に頭を乗せながら寝息を立てていた。僕は初めて安心という感情を持った気がした。
この寝顔は簡単に拝めるようなものじゃない。色々な条件が重なって初めて見られるものだと、僕は思った。
僕の傍が安心するのかな。それなら嬉しいんだけど。まあ、とりあえず目を覚ますまでこの態勢のまま、満天の星空でも眺めるとしますか。
こんな穏やかな時間を過ごす機会はそう多くはないだろう。しかもこんな自然プラネタリウムを独り占めできる場面はかなり貴重だ。僕はこの機会を逃すまいと、その風景から目を離すことはなかった。
長い一か月がスタートして、ようやく一日目が終わった。率直な感想としては、長すぎた一日だった。
手掛かりをつかむまでの時間が掛かり過ぎたのが一番の理由だが、最悪の事態は避けられた。それだけが唯一の良い点だったと思う。
方向性が固まったことで、夜明けからの行動パターンが絞りやすくなった。後は結果を出すのみ。
そして半分以上の期間を残して、あの狂ったゲームマスターの泣き顔を拝見してやるのだ。僕らにこれ以上危害を加えないように、跪かせる必要もある。僕は憤慨に似た感情を持った。
既に殺人ゲームの狼煙は上がっていた。今日は肩慣らしみたいなもの、本番は明日からである。
あとはどこに行くか。
皆と被らない所に行くのが筋だ。未だこの世界の地理を把握していないから、手こずるだろうが、どうにかして成果を出して脱出に貢献したい。
僕は目線を上に固定したまま微笑んでいだ。
月と星々が僕らを応援しているように見えた。敵の創作物に応援されているように見えるってやっぱり疲れてるのかもな……。
なんにせよ、日の出とともにスタートだ。それまでは英気を養っておこうと思う。
過酷な日々を生き抜くために、僕は全身全霊で理不尽に対抗する。