僕らは運命の意味を探していた。
 僕は浴衣を受け取って、隣の教室で更衣を始めた。

 黒のシンプルな浴衣で帯が白色、素材がよく肌触りが良いため着心地が抜群。

 自分にもよく似合っているとは思うが、この気温の下で着るのかと思うと憂鬱になった。

「着替えたぞ。入ってもいいか?」

「早いね。こっちはまだ全然だから、もうちょっと待って。」

「ああ、分かった。」

 教室の中では、盛んに衣擦れの音が聞こえた。恐らく着るのに手間取っているのだろう。

 手伝いたいのは山々だが、流石に女子の着替えを手助けするのは厳しかった。

 やむを得ず、適当に相槌を打って隣の教室に戻った。そして年季の入った理科室にあるような椅子に座り、ふと思った。

 なんでろう、今日は心が自然と休まってるな。タイムアップの恐怖感がどこかにあるはずなのに、それすらも感じていなかった。

 現実世界に帰ることを諦めているのか? それにしてはまだ時期が早い。

 気が緩んでいるのか? それにしても頭の回転はいつものままだ。

 じゃあ何が原因で僕の危機察知能力が失われたんだ?
 
 自然にこの状況を楽しむ自分に、不意に違和感を抱いた。

 ついさっきまで、あれだけ苛立ちを抱えていたのに、いざ休みとなると緊張の糸が切れたような、気持ちの緩みを感じてならなかった。

 そんな自分に落胆すると同時に、どこか恐怖心を感じた。

「着替え終わったよー。」

 僕は椅子に座りながら考え込んでいると、薄い壁の向こうから幼馴染みの声が聞こえた。

 僕は一度その考えを頭のどこかに押し込んで、幼馴染みの待つ部屋に向かった。

「どうかな、似合う?」

 あきはピンク色を基調とした、これまたシンプルな浴衣に身を包んでいた。

 髪を簪で留めていて、化粧を施していない筈なのに僕とは別次元の輝きを放っていた。

「ものすごい似合ってるよ。しかも可愛くなったね。」

僕は思ったままを口に出した。流石僕の幼馴染と言った所だろうか、シンプルに素晴らしかった。

「そんなに褒められると照れる……。」

 弾けんばかりの笑顔を浮かべながらそう言った。

 僕はこの笑顔を見られる事が何よりも嬉しかった。

 どこか、僕の安心材料というか、目に映るだけで不安だった事も忘れられるようだった。僕はそれが魔法だと、心底疑っていた。

「マー君も、浴衣似合ってるね。かっこいいよ。」

「あ、ああ……。ありがとう。」

 あきの顔を見て僕もこんな平然と、脳みそが溶けるような恥ずかしい事を言えたな・・・・・・。

「それじゃ、行こっか。」

「だな。」

 
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