ごめん、なんて大嫌い
「ていうか、あき、別れ話してるけど、それ、悪口になってないからな?」

「え、だって」悠太の笑顔に肩の力が少し抜ける。「別に悪口言いたいわけじゃないもの」

「俺だってさ、誰にでも謝ってるわけじゃないぞ」

悠太はそう言うと左手で再び私の頬に触れた。優しい、いつもよりずっと優しい笑顔で。

「お前さ、自分が優しい人間だって知らないだろ?」

「……私は優しくないよ。困るって知っててワガママ言ってたし」

「特に今な」

「今はちがっ……」ああ、もう!「私は本気で!」

何がどう本気なんだろう私。

「うん、本気はわかった。でも、とりあえず、さっきの喧嘩は俺が悪い」

私は口を挟もうとした。が、悠太が被せるように話し続ける。

「晃一に怒られたんだ。LINEの返事こなくて焦って相談……っていうか、正直言うと愚痴ったんだ。そしたら、ガチで怒られた」

「晃一くんが?」

私は驚いた。彼は何かとかっこよくて、それこそ悠太とは違うタイプだけど同じように声を荒げたりする印象がない。

「うん。無視されて当然だって。謝って許してくれるのにつけこんで、謝ることで問題をない事にしてるだけだろって。そうやって向き合わないのは嫌われるのが怖くてびびってるからだって」

「……」

「そんなびびりのプライドだけ高いヤツは見捨てられて当然と思えってさ」

それを聞いて、その通り!って思った。思ったのに、なんでだか腹が立ってきた。

「それは、でも一方的だよ。だって、私だって、悠太が困るのわかってたんだもの。でも、不安で、不安を紛らわせるのにまた困らせて、そんな事の繰り返しで……疲れて……」

ああ、そうか、そうなんだ。

今になってやっとわかった。今になってやっと言えた。でも、なんで今なんだろう。

悠太は私の頭を撫でた。

「不安にさせてごめん。なんか今更遅いんだろうけど、ごめん。謝ってばっかりでごめんな。晃一の言う通りなんだよな」

私は声を出す代わりに頭を思いっきり横に振った。

「だからさ、本気で別れたいなら俺はどうしようもないんだけど、でも、さっきの喧嘩だけはやり直させて欲しい」

「……やり直す?」

「うん、そう、やり直し。えっと、つまり、だな」

彼は座り直すと私を見て、それから一度目を泳がせてからもう一度私を見ると、早口で言った。

「好きです。……今まで言えなくてごめん」

びっくりした。悠太はちょっと怒ったような、困ったような顔を、している。

びっくりした後にじわじわと嬉しくなる。

「好きって何が?」

「……お前が」

「お前って?」

「ったく、性格悪いな、アキがっ」

私は笑った。嬉しいんだもん。

「悠太、耳まで赤いよ」

「うるさいわ。とにかく言ったから、さっきの喧嘩は終わりな」

「うん、ありがとう」

悠太はすごく恥ずかしがり屋で、なかなか言葉で伝えてくれなくて、言って欲しいと駄々をこねたのが喧嘩の発端だった。本当はわかってるのに。いつも態度で伝えてくれていたのに。

「ありがとう、ごめんなさい、困らせて。困らせることで埋め合わせしてごめん。私も怖くてきちんと自分の気持ちを話せなかった。ごめんなさい」

「うん。そうだな。謝らなくていいよ。不安にさせた俺もバカだから。で、続きなんだけど」

「続き?」

「続き。別れ話の」

「あ……」

また胸が曇る。私なんて事言っちゃったんだろう。

「そんなわけなんで、好きです。つきあって下さい」

どこかぶっきらぼうに悠太が言った。私は言葉に詰まった。予想していない言葉だった。

「えっ? 別れ話の続きって」

「復縁ってやつ? ていうか、最初からやり直して下さい。俺、最初の時も、付き合ってほしいって言ったけど、好きだって言ってなかったし。これからは頑張って言うから、だから……」

悠太は私をまっすぐ見ていた。でも、やっぱり顔が赤い気がする。すごくすごく嬉しい。どうやって伝えよう。

「すごく嬉しいです。私も大好きです。付き合って下さい」

悠太が笑った。いつもの明るい笑顔だった。

「あーあ、思いっきり抱きしめたいわ。何で、右手怪我してるんだよ、俺」

「ウソだあ」

だって、手を繋ぐのだって嫌がるくらいなのに。

「ほんと」

そう言うと左手で思いっきり引き寄せられた。そのまま抱きしめられる。

え? ちょっと、ちょっと、待って。えー⁈

「待って、人、人見てるよ」

「知るか」

「や、だって」恥ずかしいじゃない。どうしちゃったの⁈「え、ちょっと、やけになってる?」

「なるわ」

「謝るから」

「そうじゃなくて」

悠太の腕がほどかれる。

「怪我した時、俺もちょっと思ったんだ。このまま、喧嘩したまま、会えなくなったらどうしようって。なのにスマホ壊れて連絡できないし、怪我するし、外でたらお前いるし、めっちゃ泣いてるし、別れるとか言われるし、俺のメンタルやばいわ」

そう言ってため息つく悠太は何だか可愛くて頭を撫でてしまう。

「ごめんね」じゃなくて……「んと、ありがとうね」

「こちらこそ、だよ」そう言って悠太は笑った。「帰るか」

「うん」

私達は立ち上がってゆっくり歩き出した。

「悪いな、ゆっくりで」

「ううん、でも、足もだけど手も大変だよね、ご飯とかどうする?」

悠太も私もアパートで一人暮らししながら大学に通っている。

「しばらくはコンビニ弁当とか冷食かな。しょうがないよなあ」

「……ねえ、家にくる?」

悠太は驚いた顔で私を見た。

「え、でもいいのか?」

「いいよ。ただし、条件があります」

「うわ、悪い予感しかしないな。何だよ」

「毎日、好きって言って」

悠太は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……せめて一週間に一度くらいにしない? ほら、あんまり安売りしても」

「だーめ」

「五日」

「却下」

「……三日」

「ダメ」

「ちょっと待てって、アキ」

私は笑った。

「うそ、いいよ。でも、たまには言ってね」

悠太はほっとしたようだった。

「そのかわり、私が毎日一回、ううん、毎日いっぱい好きっていうからね」

悠太は立ち止まると私を見た。何か言いたそう。また顔赤くなってる。

「やっぱり、行くのやめとこうかな……」

「ご飯作ってあげるのに」

「うわっ、メシうまいんだよなあ。あーあ、行きます。食います。食わせて下さい」

「はいっ」

私は上機嫌で返事をした。とりあえず今日は何作ろうかな。

「ねえ、今日は何食べたい?」

再び歩きだしながら聞いてみる。

「ハンバーグ」

「了解です」

悠太がじっと私を見た。

「悠太?」

「とりあえず治るまで甘えさせてもらうわ」

「うん、いいよ。嬉しい」

「ついでにめっちゃくちゃかまって優しくするから覚悟しとけ」

「えっ?……はいっ⁈」

悠太の顔は赤くなってた。でも多分、今、私の顔も赤い。



              ——- 終わり ——-
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