内緒の出産がバレたら、御曹司が溺甘パパになりました
 今通り過ぎていった男性のものだろう。

 花粉がついていませんようにと願いながら急いで拾って、エプロンで拭き、汚れがないか確認して。
 ふいに思い出したのは、懐かしい少年の声。
『おはようございます』
 彼も今の人のように、きちんと挨拶をする人だった。
 今頃どこでどうしているのやら……。

 カードは汚れていない。
 満足して顔を上げると、男性が私を振り返っていた。
 視線は私の手のカードにある。

「あっ、ごめんなさい。カードを拭いたエプロンは洗いたてですから、大丈夫だと思います」

 慌てふためく私がおかしかったのか、彼はフッと笑った。

 温かい微笑みにハッとする。
 ついさっきまで彼を覆っていた冷たい膜が溶けてしまったみたい。メガネの奥の目が細くなって、途端に優しそうな空気に包まれた。

「ありがとうございます」

「い、いえ」

 あれ?

 私、この笑顔を知っているような気がする。

 でもまさか。

「千絵? 千絵だよね?」

 男性はメガネを外した。

「え?」

「悠だよ。佐藤悠ならわかる?」

 サトウ、ユウ。ああ、本当に?

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