内緒の出産がバレたら、御曹司が溺甘パパになりました
『実は経験がなくてね』
 彼はそう言って恥ずかしそうにうつむいた。

 子どもの頃から真面目で照れ屋な彼だから、わかる気がした。

 女の子とそういう雰囲気になっても、自分から甘い雰囲気にリードするなんて、彼にはできないだろうと。

 だから――。
 私は『いいよ』と言った。

『実は私ね、こうみえてビッチなの』と嘘をついて。

 私には欲しいものがあったから。


 ふと、窓に映っている自分と目が合った。

 無造作に束ねただけの長い髪。無地の紺色のエプロンに店のウィンドブレーカーを羽織った私がジッと見ている。

 大丈夫だよねと問いかけようとして、苦笑した。

 今の私に弱気は無用、ゾクッとしたのは寒気じゃなくて武者震い。

 さあ、勇気の一歩を踏み出そう。

「じゃあ店長、私そろそろ行きますね」
「お疲れさま。向こうでしっかりがんばんなさい。でも、ほどほどにね」

「はい。本当に色々ありがとうございます」

 店長は、少し困ったように微笑んで「いい? 絶対に無理はしないでよ」と念を押す。

「はーい。お世話になりました」

 仲間に見送られて慣れ親しんだ店を出て、手を振った。

 ばいばいみんな。元気でね。無理でもなんでもがんばるよ。

 私は全力でこの恋から逃げる。

 逃げ切って必ず幸せになる。

 強い決意を胸に秘めて、まだ見ぬ我が子との未来を思いながら、私はそっとお腹を撫でた。
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