内緒の出産がバレたら、御曹司が溺甘パパになりました
「いえ、つまらない雑用が溜まっているだけです」

「そうか。まあなんでも経験だ。あと数年はおとなしく会社全体を見て、知ることだけに専念しなさい」

 口を出すにはまだ早いと言いたいのだろう。

「はい」

 それからしばらくは仕事の話になり、ひと段落したところで「今回もまた気が進まないのか?」と聞いてきた。

 なんだかんだと理由をつけて、僕が縁談を避けているからだ。

「ほかに女がいるなら、それなりに手を打てばいい」

 思わず苦笑が漏れそうになる。

 あなたのようにですか。金にものを言わせ女を囲えとでも?
 僕の母を愛人にしたように。

「第千銀行との強いパイプがあれば、必ずお前の力になる」

 曖昧に頷いた。下手に動かれても困るから。

「ところで、ベトナムの工場のストライキだが、このまま長引くようならお前に行ってもらうようかもしれんな」

「わかりました」

 返事を返しながら歩道に目を向けた。

 忙しそうに歩くビジネスマンが多く目に入る、変わらぬ朝の通勤風景だ。

 十五歳のあのとき父の誘いを断っていたら、自分もあの中に紛れていただろうか。あるいは田舎に引きこもって適当に稼ぎ、のんきに日々を楽しんでいたか。

 少なくともこんなふうに、分厚い防弾ガラスに守られた高級車で出勤などなかったに違いない。

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